「 石破岩屋、媚中外交で日本が食い物に 」
『週刊新潮』 日本ルネッサンス
2025年1月16日号 第1130回
昨年12月25・26日の岩屋毅外相訪中を受けての『グローバル・タイムズ』の社説にはこちらの胸をグサッと刺すものがある。中国共産党機関紙・環球時報の海外版である同紙は同月26日、こう書いた。
「中日交流において、中国は二国間関係の方向性を重視する一方、日本は具体的課題の交渉や解決に焦点を絞りがちだ」「もし、正しい相互理解が確立され、中日関係の正しい方向性が把握されれば、具体的懸案事項は解決され易くなるだろう」
平易な文章の中に中国の横柄な対日思想が盛り込まれている。長年中国に関心を抱いてきた立場から、私流に読み解けば以下のようになる。
日中関係において、両国が命運を委ねるべき大潮流とは何か、その方向性と形を定めるのが中国だ。日本は中国の定義した大潮流の中の小さな具体策に思いを巡らせばよい。日本が中国の掲げる枠組みを理解して、正しく従えば、両国間の懸案は容易に解決されるだろう。
まさに中華帝国の思想なのである。相手国が中国の支配を受けることを是として追従するかぎり、寛容な態度で接してやると明言したのが、環球時報の社説であろう。そのような支配者の視点を日中外交の戦略として落とし込んだものが、岩屋氏が北京で強調した「戦略的互恵関係」だ。
「戦略的互恵関係」は元々、安倍晋三氏が第一次政権のとき、小泉純一郎氏の靖国参拝で冷えきった日中関係を改善する目的で胡錦涛国家主席に提唱した。その後習近平氏が主席となり、中国の対日政策は大きく変化した。そして戦略的互恵関係という言葉は2018年以降使われなくなった。
他方わが国は22年12月、岸田文雄首相が安全保障に関わる三文書を閣議決定し、中国の脅威をわが国「最大の戦略的な挑戦」と定義した。岸田氏は24年4月の米国上下両院合同会議で「米国と肩を組んで共に立ち上がっています。米国は独りではありません。日本は米国と共にあります」と演説した。
誇りある国なら当然
中国はさぞ不愉快だったはずだ。中国経済は絶不調だ。ウクライナ侵略をやめないロシアを最も強力に支える国として中国は国際社会で孤立を深めている。この困難な局面を打開するために習氏は対外政策変更の真っ只中だ。米国の同盟国である欧州諸国や日本への働きかけは顕著である。たとえば豪州で政権交替が起きると、間髪を入れず懐柔政策を繰り出し、石炭やワインの輸入規制を解除した。わが国に対しては中国を「最大の戦略的な挑戦」と見做している政策を上書きさせるべく乗り出した。それが戦略的互恵関係の再確認である。
中国の深謀遠慮に絡めとられた最初の政治家が岸田前首相だと言ってよい。氏は23年11月16日、アジア太平洋経済協力会議(APEC)の首脳会議出席の為に訪米し、そこで習氏と会談した。岸田氏の強い要望で実現した首脳会談には中国側が開催するに当たって条件をつけた。日中は「戦略的互恵関係」を基盤とすることを認めよというのだ。当時の事情に詳しい人物はこう語る。
「習氏はわが国の安全保障戦略文書の中で中国を最大の戦略的な挑戦と定義したことがとても嫌だったのでしょう。ですからわが国が戦略的互恵関係を再び受け入れることで上書きするのであれば、首脳会談をしてやるということだったのです」
こうして岸田氏は中国に屈して首脳会談を実現した。それを石破茂首相も岩屋氏も受け継いだ。石破政権の対中媚態について述べる前に、安倍氏の築いた日中対等外交の土台が岸田氏以降破壊されて今日に至ることを確認しておきたい。
安倍氏は対中外交の基本に「対等」の精神をおき、首脳会談開催をはじめおよそ全てに条件をつける中国の態度を是としなかった。中国側はたとえば、首脳会談をしてほしければ靖国神社参拝はしないと公約せよ、或いは、尖閣諸島には領有権問題が存在すると認めよ、と要求する。これは尖閣は日本固有の領土として確定されているのではなく日中間で領有権が争われている島だと認めよという意味だ。それを認めれば首脳会談に応じてやるというのである。
安倍総理は中国の要求に応じず、外務省当局にも「条件付きの首脳会談なら受けなくていい。首脳会談はしなくてもいい」と指示した。
これは普通の誇りある国なら当然だ。二国間に問題があるなら、首脳会談で語り合えばいい、首脳同士が胸襟を開いて語り合うのに条件は要らない。これを安倍総理は貫いた。すると、困り果てた習氏が歩み寄った。14年11月、第二次安倍政権発足から約2年後、安倍・習会談が開かれたが、習氏は何らの条件をつけることなく応じたのだ。
大失態を犯した
これこそ正常な外交だ。会ってやるからまずこれを認めろという方が国際社会の非常識だ。安倍氏はそれを通常の外交に戻した。しかし、岸田氏が非常識な形に引き戻した。安倍政権下で約4年半、外相を務め、外交は自分が一番よく知っていると豪語した岸田氏が、日本外交の最重要な柱と言ってよい対中外交において大失態を犯した。何の為の4年半だったのか。
岸田対中外交を受けついだ石破氏、岩屋氏を中国は属国の政治家のように与し易いと見ているはずだ。だからこそ、中国共産党機関紙に冒頭の文章が掲げられるのである。
岩屋氏が訪中で合意した内容が如何に国益に反するか。氏が王毅外相に「日本は歴史問題で引き続き村山談話の明確な立場を堅持し、深い反省と心からの謝罪を表明する」(中国側発表)と述べたこと、訪中前の中国メディアの取材に「わが国は一時期、国策を誤った」と語り、「村山談話と河野談話を継承するということか」と問われ、「そうですね。はい」と答えたことからも明らかだろう。
戦略的互恵関係に日本を再誘導しながら、中国は東シナ海での軍事力を強化し、昨年12月には第一列島線に沿って史上最大規模の海上演習を実施した。以来、尖閣諸島海域において中国はこれまでになかった武装船4隻態勢でわが国に挑戦し続けている。
水産物の禁輸措置を緩和するとは口先だけの中国を信じて、早々と日本側は中国人観光ビザを大幅緩和して10年間有効にした。中国との取引きは、約束が履行されたかどうかの確認がとりわけ大事だが、リップサービスだけで前のめりになる岩屋氏の姿勢は卑屈だ。その揚句、日本人学校の児童殺傷事件について、中国側はそのような事件はどの国でも起り得るとして、何ら対処する方針を示していない。だが、岩屋氏は中国政府と「修学旅行の相互受け入れを促進」すると合意文書に明記した。石破・岩屋チームの対中外交は互恵ではない。一方的従属だ。両氏によって日本は中国の食い物になり果てるだろう。