「 新首相、困難に抗し、風を受けて翔べ 」
『週刊新潮』 2025年10月30日号
日本ルネッサンス 第1169回
日本初の女性内閣総理大臣となる高市早苗氏の次なる最大の課題はトランプ米大統領との首脳会談だ。
石破茂首相も赤澤亮正経済再生担当大臣もトランプ氏の米国には戦々恐々だった。わが国の国益を守ると言いながら、関税協議では諸国でわが国だけが80兆円の巨額資金をトランプ氏の指示に従って投資するという信じ難い合意をしてしまった。
日米は主従関係にあるのかと、問いたくなるこの現実を、高市氏はトランプ氏の感情を害さずに前向きに動かしていかなければならない。
課題は多いが高市氏はよいスタートを切っていると、双日米国副社長の吉田正紀氏が語る。石破政権下のわが国はワシントンでは殆ど話題にもならなかった。無視されていたのだ。しかし今、高市氏及び日本への評価は高い。トランプ氏が高市氏を安倍晋三元総理の後継者と見ているからだ。
高市氏が自民党総裁に選出されると、トランプ氏は「日本は初の女性宰相を選出。賢さと力を備え高く評価されている人物だ」と発信した。
高市氏は即、「日米同盟をより一層強く、より豊かにするために、自由で開かれたインド太平洋(FOIP)を進めるために、トランプ大統領と共に取り組んでいく」と返した。
トランプ氏は高市氏同様、保守で愛国主義者だ。トランプ氏はイデオロギー的に共通する土台を持つ指導者が好きだ。氏の支持基盤、MAGA(アメリカを再び偉大に)の人々も高市氏を歓迎しており、彼らは当然トランプ氏にも影響を及ぼす。
ワシントンの日米関係の専門家は、トランプ氏はいま、外交において大いに迷っており、適切な助言を惜しまなかった安倍総理を懐かしんでいるはずだという。
愛国の精神で熱く触れ合う
トランプ氏は戦略もなしに直感的に動いてしまう結果、迷走する。中国のレアアース問題での輸出規制強化に立腹していきなり100%の関税を上乗せするかと思えば、FOXニュースで「習近平が好きだ」と語る。片や中国は米国の足下を見ており、習近平主席はレアアース輸出規制を緩めるどころか反対に強化したのだ。人民解放軍は軍拡を続け、西太平洋において米軍を凌駕する勢いだ。経済、軍事双方で挑戦を強める中国に、トランプ氏が対応策を決めかねているのは明らかだ。
今、日米共に最も重要なことは、如何に中国の挑戦を退けるかである。わが国はこれまでいつも中国に気を使い、軋轢を生じさせないよう萎縮してきた。しかしそれではわが国の国益は決して守れない。自立国として中国に毅然と向き合わなければ、やがてわが国は中国に実質的に支配されるだろう。そのようなことは日本の問題にとどまらず、米国にも大きく影響する。
折しも公明党が連立を解消した。わが国が中国に対して少しでも強い政策を取ろうとすると、公明党がおよそいつもブレーキをかけた。中国の代弁者的な公明党が離脱したのであるから、高市自民党は必要に応じて対中強硬策も打ち出せる。米国ともよりよく協調できる。米国が親中に傾き、不要な妥協に動くならば、むしろ日本が戦略の立て直しに力を貸すべき時が来るやもしれない。自公連立で不可能なことが自民と日本維新の連立で可能になる。その意味で高市政権誕生の意義は非常に深い。吉田氏が指摘する。
「ワシントンでは日本抜きの対中戦略は成り立たないというのが共通認識です。だからこそ、日本の対中政策はわが国の国益に基づいた戦略性のあるものでなければなりません。本来なら日米韓で協力して中国に当たるのが理想ですが、韓国は揺らぎがちです。頼れるのは日本しかいないというのがワシントンの認識です」
トランプ氏に理屈で説くのは悪手である。欧州の幾つかの国の首脳のようにNGOの代表のごとく上から目線で正論を語るのも逆効果だ。愛国者のトランプ氏には愛国の精神で臨み、熱く触れ合うしかない。高市氏にそれができるか。安倍政権の自由で開かれたインド太平洋戦略を考案した外務省の市川恵一氏らが知恵を絞り高市氏を支える体制を作ることが大事だろう。
日米を緊密に結びつけるのは政策だけではない。むしろ人間関係だ。トランプ氏は今月31日に韓国慶州でのアジア太平洋経済協力会議(APEC)出席のため、まず日本を訪れ、2泊し、韓国に向かう。
この3日間の日本滞在を最大限印象深く親密なものにしなければならない。日米首脳会談では必ず80兆円の投資が持ち出されるだろう。トランプ氏はこの巨額資金は自分の好きに使えるカネだと思っているようなのだ。それを日本から得た自身の成果として大いに自慢したいはずだ。
解決したかった拉致問題
石破政権は並外れた愚かさで80兆円事案を含んだ合意書に署名した。国として署名したからには白紙には戻せない。わが国の国益を基に組み立てていくしかない。トランプ氏は半導体、自動車、製鉄、造船、製薬などの産業をすべて米国内で完結させようと動く。その基本線を否定することなしに、米国を強くするには同盟国を巻き込んで西側陣営全体が強くなるのが一番安心な道だと説くことが、わが国のあるべき基本路線だ。
中国と対峙するには「米国単独」よりも「米国+同盟国」の連合のほうがはるかに強くなり得る。中国抜きのサプライチェーンを米国を中心に築き上げる方途を、強い日本が強いアメリカを支える構図を描くことで示すのだ。対米投資もわが国を強くする基本路線の上に位置づける。強い日本であって初めて米国の産業を下支えできるからだ。わが国の企業が積極的に参入したがる事業を次々に示していくのがよい。
わが国政府も、産業力を強化するために変わらなければならない。産業界と情報を共有し、現場の声に十分耳を傾け、相談に乗ることが大事だ。一方政治家は官僚の構想を取り入れるだけでなく、国民の声にもっと耳を傾け、不満ではなく活力に溢れた社会を作らなければならない。高市政権誕生の意味はそこにあるはずだ。
安倍総理がどうしても解決したかったのが拉致問題だ。トランプ氏は安倍総理の気持ちを本当によく理解している。今回の訪日でトランプ氏は横田めぐみさんの母、早紀江さんと2度目の面会をする見通しだ。当然高市氏は首相として臨席する。
「救う会」会長の西岡力氏は安倍昭恵夫人にも立ち会ってほしいと切望する。トランプ氏夫妻は昭恵氏に深い親愛の情を抱いており、それが夫妻の対日観の基となっている。昭恵夫人、高市氏、早紀江さんがトランプ氏と想いを共有するとき、拉致問題の解決、めぐみさんたちの帰国につながる大きな要素となり得るのだ。トランプ氏が安倍総理に強く深い友情を抱いていることに感謝し、高市氏には安倍総理が残してくれた日本への遺産を大事に活かしてほしいと願う。












