「 高市首相、日本国の戦略に集中せよ 」
『週刊新潮』 2025年12月25日号
日本ルネッサンス 第1177回
高市早苗氏の首相就任から約2か月、政権の戦略が見えにくい。とりわけ最大の脅威である中国が攻勢を強める中、対処は第一歩から練り直すほどの大転換が必要だろう。
高市氏が現在の困難な状況を逆に好機ととらえて、歴史の流れに沿った大きな指針を打ち出せばよい。外交は日本を基点に国益を守る為にあるというシンプルな原点に立ち返ればよい。中国の考え方に対応して管理するといった年来の外交パターンから脱却すればよい。中国を刺激しないように「大人の対応」で管理する時代はもう終わったのであるから。
11月7日の衆議院予算委員会における台湾有事に関連した存立危機事態発言以降の中国の言動は目に余るが、わが国にとっては大好機でもある。中国の「オウンゴール」をこちら側の武器とすることが重要だ。
高市氏の発言は、有事の際、米国が台湾海峡で自由に動けるよう、日本が米国を助ける、日米同盟を守り、機能させるという点に尽きる。これは安倍晋三総理の考えであり、そのために安倍総理は平和安全法制を野党の強い反対に抗して成立させた。
だが、日米同盟を守るという高市氏の発言の要点を中国は巧妙にずらして、日本が戦後秩序を破壊すると論難する。必要ならば武力で台湾を奪取するのが中国の邪心だ。それを隠して武力行使の意図は日本の方にありと言うのだ。
彼らの情報戦は駐大阪総領事の口汚い非難や中国外務省アジア局長の尊大な「両手ポケット姿」などと重なり、中国側の評判はすこぶる悪い。
中国政府報道官、郭嘉昆氏は日本で地震が発生したことに関連して、社会不安もあり危険だから中国人は訪日を控えるようにと警告を出し続けている。通常なら自然災害に苦しむ国々や人々に対しては、政治上の軋轢を越えて人道的側面からお見舞いの気持ちを表すものだが、中国共産党にはそんな配慮はない。ないどころか、わが国への嫌がらせは、経済、産業、貿易、歴史認識など、国際政治のあらゆる分野で尽きない。中国の対日圧力はこれから更に強化され長く続くと考えるのが正しい。
トランプ氏に偽の歴史物語
だが、この異形の国に対して、わが国は礼儀正しい大人の対応に終始している。この手法は日本人の誇りを示すと、私たち日本人は考えるが、中国には通じない。前駐中国大使の垂秀夫氏が12月12日「言論テレビ」で語った。
「沖縄沖のわが国のADIZ(防空識別圏)内で航空自衛隊の戦闘機が中国の戦闘機からレーダーを照射された。その後、防衛省がホットラインで話そうとしても、中国側は応答しない。同件に関してわが国は、相手国との関係もあり答えは差し控える、と言いました。相手がパイロットの命にかかわる違反行為をしているのに、相手を慮って電話に出たかどうかも言わない。中国はそのことを感謝するどころか、日本の弱点と見做します」
だからこそ、習近平国家主席は一気に攻めに出た。11月24日、トランプ米大統領に自ら電話をかけて1時間も話し込んだ。トランプ氏に偽の歴史物語を刷り込み、日米を離間させる目的だ。習氏は日本国の反論の弱さを中国の圧力に屈した結果と見てとったのだ。
習氏はトランプ氏に「米中2大国こそが戦後国際秩序を守る責任を持つ」「台湾併合こそが戦後国際秩序の完成を意味する」などと説き、歴史問題に疎いトランプ氏を納得させてしまったに違いない。トランプ氏はG2が世界を守るとの考えを受け入れたと思われる。つまり半ば以上習氏に洗脳されたのだ。
米大統領報道官、キャロライン・レビット氏が12月11日、トランプ氏は日本と強固な同盟関係を維持しつつ、中国とも良好な協力関係を築くべきだと考えているとの主旨を語った。
その2日前、米国務省は「中国の行動は地域の平和と安定に寄与しない」と批判する声明を出した。しかしトランプ氏はマルコ・ルビオ国務長官の見解を意に介さない。トランプ氏の思い込みを打ち消すのは容易ではない。だが、わが国は国運をかけて、それをやらなければならない。垂氏の指摘だ。
「高市官邸はまだチームになっていないという印象です。霞が関は無茶苦茶IQの高い優等生で一杯です。首相、官房長官から指示が出れば量子コンピューターを使ったチャットGPTみたいに即座にアイデアを出してくる。でもチャットしなければならない。首相が黙っていたら、官僚からは何も出ない。なのに首相は一人で勉強している。一人の力で米中相手に戦略など構築できるわけがありません。ですから私は高市さんに、もう勉強はお止め下さい、戦略を考えて下さいと申し上げたい」
中国の究極の目標
首相には物事を自分一人で抱え込む時間などない、首相の役割は自分が最終責任を負うことだ。高市氏は大きな戦略を考えて、チームに投げる。官房長官以下、そのボールを各役所、司々に投げる。そして日本国の叡智全てを官邸に吸い上げて、首相に集中させる。その上で首相が決断する。それしかない。
これからの中国との長いせめぎ合いに備えてわが国の強さ弱さを分析し、急ぎ対処しなければならない。たとえば習氏がトランプ氏の頭に刷り込んだG2の土台は太平洋2分割論だ。グアム島を境に西を中国、東を米国が管理する。両国は互いに干渉せず、必要な情報を提供し合うというものだ。この論で言えば、日本列島や台湾周辺、東シナ海、南シナ海の全てを中国が管理する。米国が受け入れるはずはないが、中国の究極の目標は米国を西太平洋から追い出すことだ。
そう考えるとき、12月9日に中露両軍の爆撃機が沖縄本島・宮古島間を抜けて太平洋まで共同飛行し、その後、東京方面へ向かう異例のルートをとっていたことの意味を考えざるを得ない。中国軍機は核巡航ミサイルを搭載可能な爆撃機H6Kだった。この2機が露軍のTu95爆撃機2機や護衛の戦闘機とともに、首都東京、海上自衛隊横須賀基地、米海軍横須賀基地などの方向に飛行したのは首都爆撃も可能だという恫喝ととれる。
元空将で国家基本問題研究所評議員の織田邦男氏が指摘した。
「中露両軍は日本の弱点をよく知っています。中露北朝鮮など核保有国がわが国を狙う日本海側は、各拠点に防空識別圏を設定しスクランブルの準備は整っています。他方、太平洋側には同盟国の米国しかない。だから元々防備が薄いのです」
小笠原諸島にも硫黄島にもADIZの設定はなく、レーダーサイトはあっても人間は常駐していない。レアアースの輸出規制や日本人をスパイ容疑で拘束するなどの問題への対処と同時に、このような明らかな安全保障上の空白こそ、一日も早く埋めなければならない。問題全てを洗い出し、中国は異形の国であると認識し、全ての戦略を着実に見直す時だ。












