「 首相は米大統領に中国の真実を説け 」
『週刊新潮』 2025年2月13日号
日本ルネッサンス 第1134回
訪米を前にした2月3日、石破茂首相はソフトバンクグループ会長兼社長の孫正義氏、オープンAIのアルトマンCEOと会談した。
5000億ドル(約78兆円)を米国でAIのインフラ構築に投資すると公言してトランプ米大統領に食い込んだ孫氏らから、石破氏はトランプ氏との向き合い方に関しても指南を受けたのであろう。確かに孫氏らの手腕は評価すべきだ。かといって総理大臣がトランプ対策で未だに助言を欲しているかのような自信なさげな状況にあること自体が心細い。首相本来の役割は日本国の戦略に沿って財界を含めて各界に協力を要請し、日米関係に資することも含めて国益を確保することだろう。
石破氏はトランプ研究に余念がないが、トランプ氏が破茶滅茶な発言の裏で、押さえるべき点は押さえていることをきちんと見てとることが大事だ。一例がプーチン露大統領に対する姿勢である。トランプ氏はロシアのウクライナ侵略戦争を就任後24時間で停戦させると公言し、プーチン大統領との会談に前向きだった。しかし、1月7日の会見では「(停戦まで)6か月あればよい」「プーチン氏は会いたいと思っているだろうが、(正式に大統領に就任する)20日以降でないと適切ではない」と慎重な姿勢に転じた。
その前日、ウクライナ・ロシア担当特使のキース・ケロッグ退役陸軍中将が1月早々に予定されていたキーウ及び欧州主要都市への訪問を延期すると判明、22日には、トランプ氏が自身のソーシャルメディアでプーチン氏に関連してこう投稿した。
「すぐに取引に応じなければ、ロシアが米国に輸出している全てのものに高い関税をかけ、制裁を科さざるを得なくなる」
一連の動きはプーチン氏の置かれている状況を見てとってのものであろう。ロシア、ウクライナ情勢に詳しい高官によると、トランプ政権はロシアを警戒こそすれ、ウクライナに圧力をかける必要は感じていないそうだ。理由は、ウクライナは戦闘を継続しながらも、トランプ再選に備えて2023年秋からトランプ政権を支えるシンクタンクと接触を重ね意思疎通を図ってきたからだという。
ロシアは継戦能力を失う
要路の人物を前線近くまで案内し、ロシアによる侵略の悲惨さを見せ、計算高いトランプ氏をしてウクライナを助けることが回り回って米国とトランプ氏にとってどれだけのプラスであるかを理解せしめるべく、ひたすら説明してきた。ウクライナの戦略はゼレンスキー大統領が発表した昨年9月の5項目の勝利計画に凝縮されていると、高官は指摘する。
「特に重要なのは第四と第五の項目です。各々、停戦後、ウクライナの天然資源は共同で開発する、戦後欧州の安全保障にはウクライナ軍が協力する、となっています」
資源大国ウクライナの石油、ガス、石炭、希少金属等は欧米企業と共に開発する。戦後は欧州の安全保障でウクライナが米国の意向を代弁する。こうした決意に米国は前向きに対応するだろう。戦争を終わらせ、米国の負担を軽減したいトランプ氏の期待に沿う戦略を考案したわけだ。
他方、プーチン氏は1月24日、ロシア国営テレビで「われわれは両国が関心を持つすべての問題について、冷静に話し合う方が良い。われわれは準備できている」と改めてトランプ氏との早期の会談実現に意欲を示した。ロシアは苦しい戦いを続けており、西側専門家の中では、あと半年戦闘が続けばロシアは継戦能力を失うとの分析さえある。
一例が兵隊の数だ。プーチン氏は十分な兵を集めることができず今日に至っている。高官が語る。
「プーチン氏は戦争を14万5千の兵で始めましたが、後に17万5千で始める計画だったと判明しました。3万人集めきれないまま、戦争を始めた。他方ウクライナは戦争開始時、正規軍25万、領土防衛隊5万です。この3年間、戦場での総兵力でロシアがウクライナを上回ったことは一度もないのです。この重要な事実を世界のメディアは殆ど無視しています。理解に苦しみます」
ロシアは全体としてはウクライナを上回る数の歩兵を有する。しかしプーチン氏がウクライナ戦に投入しているのは大きく見積もって70万、他方ウクライナは正規軍88万を含む計130万人だという。
プーチン氏はウクライナ侵略を戦争とは言っていない。そのために22年9月に30万人を動員したとき、国民は「戦争ではないのになぜ動員をかけるのか」と反発した。そして兵役適齢期の若者たち、有能な人々約100万人が国外に逃亡したのは記憶に新しい。もはや徴兵できないプーチン氏はワグネル氏の傭兵部隊を投入した。次に囚人を前線に送った。莫大な報奨金で兵を募った。貧困者を対象に借金を帳消しにするなどした。それでも兵が足りず、とうとう北朝鮮に頼った。
ウクライナの二の舞に…
これだけしてもプーチン氏は勝てていない。ウクライナ全土の占領は諦め、現在は東・南部の4州とクリミア半島を確保する方針のようだ。この2年近く、両国の戦いはロシアが占領している州の境界、およそ10キロメートル程の攻防になっている。
この間プーチン氏は多くを失った。フィンランドとスウェーデンは北大西洋条約機構(NATO)に加盟し、ロシアはバルト海を事実上失った。アフリカに兵力を投入する基地、シリアの軍事拠点も失った。
他方3年間でウクライナは、ロシアよりはるかに小国でありながら力をつけた。開戦時はゼロだったドローン生産企業は800を超えた。空、海、陸で多くのドローンが戦果を挙げているウクライナとは対照的に、ロシアは未だにトルコ及びイランのドローンの改造型を使っている。弟分だった中国には頭が上がらなくなり、ロシアの安全保障力は著しく損なわれた。
このようなプーチン氏の足下を見て、トランプ政権が最終的に目指すのは米国を主軸とする自由世界が、中露を軸とする一党独裁陣営の覇権を阻止することであろう。その第一歩がウクライナ侵略戦争の停戦をどのように実現するかのせめぎ合いだ。
この局面で重要なのはわが国がウクライナを支援しなければならない理由を忘れないことだ。わが国政府は「今日のウクライナは明日の東アジア」と言ってきた。「これまでにない戦略的挑戦」と見做す中国が日本に急接近を図る今、石破氏は彼らの甘い言葉に隠された暗い意図を正しく理解し、中国の真意を間違いなくトランプ氏に伝えなければならない。そこが日米関係の最重要の基盤となるはずだ。
首脳会談で石破氏は日本の対米投資等を積極的に語る方針だと聞く。それも大事だが、その次元にとどまることは、国益上不十分で、結果としてウクライナの二の舞になりかねない。トランプ氏に中国の真の姿を分かり易く説く。そのことに力を尽くすのが首相の役割だ。
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