「 高市首相への期待、只管強い国づくり 」
『週刊新潮』 2025年11月13日号
日本ルネッサンス 第1171回
首相就任からわずか10日余り、高市早苗氏は怒涛の外交日程を見事に乗り切った。地位が人物を創るというが、高市氏は日米、日中の首脳会談をはじめ、国際舞台で予想を超える宰相振りを発揮した。
韓国・慶州での習近平中国国家主席との会談では、高市氏は言うべきこと全てを言った。尖閣諸島海域への中国海警局艦船の侵入、レアアースの輸出規制、邦人の不当拘束などへの懸念に加えて、香港、ウイグルなどへの人権侵害にもストレートに言及した。人権侵害批判は中国の最も嫌うところだ。
だが、高市氏の指摘に習氏は全く反論せずじっと聞いていたという。わが国の政府高官は習氏の反応は気持ち悪いほど穏やかだったとして、以下のように分析した。
「一連の現象は中国が焦っている証拠です。彼らの焦りは高市・トランプ両首脳の波長が余りにピッタリと合った、その関係の緊密さから生じていると考えます。習氏はいま、良好な日米関係を如何にして切り崩すかを考えているはずで、選択肢は、⓵日本を突き放す形で対決する、⓶日米分断をはかる、の2つです」
分断を生じさせるために、⓵は圧力を、⓶は微笑を使うということだ。⓵のシナリオで中国の圧力を受けた場合、気弱な指導者なら米国の顔色を窺いながらも、中国の機嫌を損ねないように、対中姿勢を軟化させるかもしれない。⓶の場合、中国が日本に優しく接することで、日本は日米関係同様、日中関係も重視し、結果として日米間の距離が広がるのを期待するというのだ。
日米中の関係は歴史的に見ると常に連動してきた。日米関係が良好な時は日中関係も良好になり、その反対の時は日中関係も悪化する。だからこそ、日米関係が大事である。日米関係が悪化する時は米中関係が改善され、米中双方が日本に難題を課す時でもあるからだ。
「究極の友情表現」
高市氏がトランプ米大統領と打ち立てた関係の緊密さは生半可ではない。経済アナリストのジョセフ・クラフト氏が、原子力空母ジョージ・ワシントンの艦上で高市氏の肩を抱くトランプ氏のジェスチャーを解説した。
「トランプ氏のあのジェスチャーは、『貴女は私の家族同様ですよ』という意味なのです。同じジェスチャーはバイデン前大統領がキャンプデービッドで岸田さんに示しました。家族同様という究極の友情の表現です」
日米関係の良好さは明白である。そうした中、気になるのが米中関係だ。10月30日、釜山で行われた米中首脳会談のファクトシート(覚書)を読むと、米国が中国に屈服しているとしか思えない。
米中間の主要問題には⓵合成麻薬フェンタニル、⓶米国産大豆、⓷レアアース、⓸半導体などがある。
中国が米国産大豆の輸入再開及びフェンタニルの対米流入を止めることに合意し、見返りに米国が20%の関税を10%に下げることなどが書かれている。だが、最重要の懸案である半導体への言及が見当たらない。もうひとつの重要課題、中国のレアアース輸出規制については、規制強化策の実施を中国側が延期すると記されているが、国家基本問題研究所企画委員の細川昌彦氏は、この合意には殆ど意味がないと手厳しい。
「延期するのは10月9日に中国が追加した規制分だけです。もともと4月に中国が発動した7種類のレアアース規制は、残ったままです」
トランプ政権はレアアース問題で明らかに中国に伍していく戦略を整えきれていない。トランプ氏は訪日前にマレーシアを訪問し、カンボジア及びタイと鉱物資源開発の協定を結んだ。豪州及びわが国とも同じく鉱物資源開発について協定を結んでいる。レアアースの開発を同志国と共に進めるべきだと、米国が初めて前向きに考え始めた証拠である。現時点ではしかし、この分野における中国の優位は圧倒的で、こちら陣営が必要な量のレアアースを自給できる態勢に辿り着くには数年を要すると見られている。
中国は米国の足下をよく見ているのだ。形ばかりの譲歩をしたが、レアアースを武器として米国を追い込む戦略に何ら変わりはない。米国は、そしてわが国もまた、当面劣勢に立たされ続けると考えるべきだ。
他方半導体については新たな問題が浮上したといってよい。現在アメリカが中国に圧倒的優位を誇る分野の筆頭が人工知能であり、人工知能を支えるのが半導体である。世界最強の演算性能を誇るエヌビディアの半導体、「B300」はその核心だ。
先端半導体の対中輸出は、バイデン政権以来、米国が厳しく規制してきた。今回、この重要案件についての言及が、米国発表の覚書には一切ないのである。その理由をクラフト氏は「トランプ氏の責任放棄」だと断じた。トランプ氏が半導体についての交渉を中国政府とエヌビディアに丸投げしたからだ。
エヌビディアの強い影響力
中国はエヌビディアの半導体が欲しくてたまらない。米国はバイデン政権の時から先端半導体の対中輸出を厳しく禁止してきた。トランプ氏も一応その政策を引き継いでいる。それが今揺らぎ始めたかに見える。
中国は米国産業界が欲するレアアースを武器に米国の先端半導体の輸出規制を緩和させようと働きかけた。トランプ氏は中国によるレアアース問題のわずかな譲歩を受け入れ、かわりに半導体についての重要案件の交渉を中国政府とメーカーのエヌビディアに任せたのだ。
なぜそんなことになったのか。ワシントン情報筋は、トランプ政権に対するエヌビディアの影響力の大きさを指摘する。かつてトランプ氏の再選に大きく貢献したイーロン・マスク氏がトランプ政権に強い影響力を有していたように、現在はエヌビディアが強い影響力を行使しているというのだ。企業として、エヌビディアが自社の半導体を中国に売りたいと考えるのは当然だろう。
ただ、ワシントンの政界には、レアアース問題で度重なる規制強化策を打ち出した中国への警戒心が強まっており、議会も含めて、容易に事が進むとも思えない。ワシントンでは米中の勝負は来年4月、トランプ氏の訪中時により明確になるとの見方が強い。今回のトランプ・習会談は前哨戦の位置づけである。
この状況は日本にとってはひとつのチャンスではないか。中国への不信感の強まりと反比例する形で日本の存在が高く評価されているからだ。
米中がどのような妥協に辿り着くかは分からない。しかしどんな状況になってもよいようにわが国は今、自力を強めなければならない。高市氏は「危機管理投資を重視する」と公約した。AI、半導体、ロボティクスなどの先端分野に大胆に投資し、経済を強くする。憲法を改正して安全保障の力も強化する。高市政権が挑む大きな変革の潮流を米国は後押しするだろう。高市氏は力一杯、日本国を前に推し進めればよいのだ。












