「 トランプ外交の本質を見よ 」
『週刊新潮』 2026年1月22日号
日本ルネッサンス 第1180回
トランプ米大統領は、米国の第5代大統領ジェームズ・モンローが唱えた外交政策、モンロー主義に回帰すると明言する。その上でトランプ氏が追求するのはドンロー主義だと言う。ドナルドと組み合わせた造語である。
超大国としての米国が世界秩序を維持する責任を放棄してアメリカ第一主義に走る。その局面で高々と掲げるドンロー主義の正体とは何か。影響をもろに受けるわが国はよくよく理解しておかなければならない。
周知のことだが、モンロー主義の基本理念は、南北アメリカ大陸及び米国が自らの影響圏と考える地域で、欧州諸国が新たな植民地を獲得するのを禁じ、同時に、それ以前に獲得していた植民地への干渉を許さないことだった。トランプ氏が昨年発表した国家安全保障戦略の「西半球重視」の思考とぴったり重なる。
トランプ氏が尊敬する歴代大統領の1人がウィリアム・マッキンリーである。大統領2期目に入って間もなく暗殺されたために、任期は1897年から4年強で終わった。マッキンリーの後に史上最年少の42歳で大統領に就任したのがセオドア・ルーズベルト、2期8年間務めた。ルーズベルトは1904年の日露戦争で日本とロシアの講和を斡旋したことでわが国ではよく知られている人物だ。彼は海軍次官を務めたことがあり、米海軍の父、アルフレッド・セイヤー・マハンの親友だった。
右の両大統領時代に米国は領土を拡張し、海洋大国ともなった。1914年の第一次世界大戦を機に、それまで世界に君臨した大英帝国に替わって、急速に力をつけた米国が国際社会の頂点に立ったのは歴史の示すとおりだ。この超大国への道を開いたのがマッキンリー大統領が戦った1898(明治31)年の米西(アメリカ・スペイン)戦争だった。
米国は数か月の戦いでスペインを打ち負かし大勝利を得た。プエルトリコ、グアム島、フィリピンの7000を超える島々を領有するに至ったが、それは太平洋が米国の力の基盤になった瞬間でもある。
容赦なく介入する
マハンと志を同じくするルーズベルト大統領は力による制覇を重視した。彼はあの有名な言葉―Speak softly and carry a big stick(言葉は優しく、手には大きな棍棒を)―を米外交に定着させた人物だ。また彼はマハンと共に米国が海洋大国となることの重要性を誰よりも強く認識していた。
大海軍を如何にして創り上げるか、ルーズベルトはいつも考えていたに違いない。わが国が日露戦争に大勝利をおさめると、小国日本がなぜ大国ロシアに勝利できたかを、マハンに分析させた。マハンはロシアのバルチック艦隊が大日本帝国海軍と相まみえるのに、海軍力を一挙に集結させられなかったことを主因として挙げた。バルチック艦隊は遠い航路を旅してようやく日本海に辿りついた。それまでにロシア軍の勢力はかなり消耗していた。
マハンの指摘を重視したルーズベルトは、直ちにパナマ運河の大工事を加速させ、予算、人材を注ぎ込んで完成させた。これで太平洋と大西洋は直ちにひとつになれる。二つの海に展開する米海軍はパナマ運河を通ってひとつの勢力として迅速に統合できる。米国はパナマ運河の開通を日露戦争から10年後の第一次世界大戦に間に合わせたのだ。
トランプ氏は、パナマ運河を中国支配から奪い返して米国の統制下に置き、パナマを中国の一帯一路から引き剥がした。パナマ政府はトランプ氏のベネズエラ攻撃に全面的支持を表明した。
西半球を米国の勢力圏とするトランプ氏の想いは、約100年前、米国が非常な努力を重ねて大国への道を駆け上がった姿に重なる。
ここから透視されるのは、トランプ氏の言うドンロー主義は孤立を目指すのではなく、国益のためとあらば容赦なく介入するということだ。
その視点から改めてトランプ氏の行動を見る必要がある。アメリカ第一主義は撤退や孤立ではなく、反対に予想を超える介入につながる。マドゥロ大統領を拘束したのは、西半球における米国の唯一無二の地位を守るためにはどんな手段も許されるとトランプ氏が考えているからであろう。
マドゥロ氏について、私たちは少なくとも二つの事実を忘れるべきではない。⓵2019年、ベネズエラ議会は氏が権力を不当に奪ったとして、同国憲法に基づいて氏はベネズエラ大統領ではないと宣言した、⓶24年7月の選挙で、マドゥロ氏大敗の確たる証拠があるにもかかわらず、氏は勝利宣言をして大統領職に居座り、日本などG7の加盟国を含む50以上の国が氏をベネズエラ大統領と認めていないこと、である。
中露が恐れる
トランプ氏の行動は国際法違反、国連憲章違反などとして非難されるが、非難の先頭に立っているのは中国・ロシア・イラン・北朝鮮(CRINK)などだ。だが、中国は南シナ海でフィリピン領有の島を奪い、フィリピンが常設仲裁裁判所に訴えると、中国には如何なる意味でもフィリピンの領有する島への権利はないとの判決が出された。その時、中国は判決は紙くずだと言って無視した。中国はその後も南シナ海の島々を奪い取り、軍事要塞化を進め今日に至る。
ロシアは14年にクリミア半島を奪い、22年にはウクライナに侵略戦争を仕掛けた。
中露両国の蛮行はオバマ、バイデン両政権の12年間に起きている。13年9月にオバマ氏が米国は世界の警察官ではないと宣言した時から、中露両国は行動を起こした。彼らは米民主党大統領2人が、美しい言葉で国際法や秩序の重要性を説いても馬耳東風である。中露が気にするのは米国の行動である。彼らはオバマ、バイデン両氏が軍事的に反撃してこないと見てとった上で侵略を始めたのだ。
そうはいかないのがトランプ氏だ。氏はこれまでにソマリア、シリア、ナイジェリアにおけるIS(イスラミックステート)やイエメンのフーシ派などのテロリスト勢力への軍事行動に踏み切っている。イランの核施設にも爆撃を加えた。ベネズエラのマドゥロ氏も拘束した。
一連の軍事行動は必ずしも国際社会で公平、かつ正当には評価されていない。また一連の軍事攻撃は必ずしも同盟国のためという形でもない。それでもトランプ氏は敢えて実行する。米国の影響力を行使する範囲、言うならば勢力圏を維持し、世界最強の大国であり続けるためであろう。その姿勢を中露を筆頭とする国々は何よりも恐れているはずだ。その恐れが抑止力となるのである。
トランプ氏を恐れているのは同盟関係にあるわが国も、欧州諸国も同様ではないか。しかし、中露が恐れるトランプ氏の米国が結果として自由世界を守ることにつながるのであれば、私たちはトランプ氏の予測不可能性を恐れるのでなく、各々の力をより強くして米国と共に、より良い世界を創る方向に走るのがよい。












