「 尖閣奪取を狙う習近平の軍事戦略 」
『週刊新潮』 2024年12月26日
日本ルネッサンス 第1128回
「軍事オタク」の石破茂首相は安全保障問題に通じていると見做されがちだ。しかし、これは全くの誤解だと、石破官邸で働く人物は言う。
「軍艦や戦車、ロケットなどの機能や構造について、細かいことはよく知っている。しかし、それだけです。米中の熾烈なせめぎ合いに加えて、中国が核戦略を大転換させ、日本の命運を左右する安全保障の全体像が変化している中、そのことについては全く理解できていません」
日本国の舵取りを担っている現首相は近年稀にみる無能な指導者だということだ。石破氏が国会で野党相手に言語も意味も不明瞭な議論を重ねる間に、中国の習近平国家主席は着実に次を見据えた手を打ち続けている。その象徴が9月25日に発射した大陸間弾道ミサイル(ICBM)であり、12月10日に行った史上最大規模といわれる海上演習だ。
9月のICBM発射試験は1980年以来、44年ぶりだった。当時発射されたミサイルはDF(東風)―5という型で、最大射程の能力を確認するのが目的だった。液体燃料を使用しており即応性に欠けていた。
今年9月の発射試験は様相が全く異なる。国家基本問題研究所研究員、中川真紀氏の解説だ。
「9月のミサイルはDF―31AGだと推定されます。固体燃料で即応性が高い。トレーラーに搭載して移動し、発射時には起立させるタイプです。また、ミニマムエナジー軌道と呼ばれる最も効率的な軌道で飛行しました。弾頭は模擬弾頭ですが、その点を除けばあとは全て実戦同様の試射だったと見るべきです」
公海上へ試射をすれば軌道を含めて多くの情報を敵方(米国)に収集されてしまう。それでも試射に踏み切ったのは、米国本土を標的にしたミサイル攻撃がどこまで威力を発揮できるか、最終確認をするためだったと見るのが正しいだろう。
中国が保有する地上配備のミサイルは5種類、内3種類がICBMだ。9月に発射したDF―31AGの射程は1万1200キロメートル、米国の首都ワシントンにも届く。
強気の核戦略
地上発射のミサイルは地中深くに掘られたサイロ(ミサイル発射台)に保管される。中国は新たに哈密、玉門、杭錦に3つの広大なサイロ・フィールドを整備した。右の3か所だけでサイロの数は310基と推定される。彼らはすでに140基を有しているために合計450基となり、米国の400基を超える。
国基研総合安全保障研究会の岩田清文元陸上幕僚長が解説した。
「米中関係は2022年8月のナンシー・ペロシ下院議長(当時)の台湾訪問で最悪になりましたが、今年8月くらいから中国が関係改善を加速させています。主な目的のひとつが、ICBM能力を飛躍的に強化させた中国が核戦略を変えたその事実を米国に受け入れさせ、米中合意を形成しようというものです」
中国はこれまで、核で攻撃を受けたら中国も核で一定程度反撃する、そのために最小限の核を保有する最小限抑止戦略を採っていた。しかし今や米国と並ぶ力をつけたと自負する彼らは相互確証破壊(核攻撃に対して、相手国に耐え難い被害を与える全面核攻撃で立ち向かう)戦略に移行した。強気の核戦略で、彼らは台湾問題でも米国の手出しを許さない構えだ。
一方の米国は、中国との信頼関係を深めることで如何なる攻撃も事前に通告し合い不測の事態発生を防ぎたい、軍備管理の仕組みの中に中国を参加させたい、と考えている。中国を米国と同等の核大国として認める姿勢である。この状況は日本、台湾には非常に厳しい。中国は米国には一目置くが、日台には力による現状変更をさらに推し進めていく可能性が大きいからだ。
習氏の戦略のもうひとつは12月10日、人民解放軍(PLA)が行った史上最大規模といわれる海上演習から読みとれる。PLA海軍及び海警局の艦船約100隻を第一列島線に沿って展開させ、台湾有事の際、救援にかけつける米軍を第一列島線内に入れず、迅速に台湾、尖閣諸島を占拠するための実戦訓練だ。
PLAは右の海上演習について発表しなかった。ペロシ氏訪台の時、台湾封鎖の訓練を派手派手しく公開したのとは対照的だ。今回隠した理由は台湾有事におけるPLAの戦い方を米国に知られたくなかったためだと見られている。
右の海上演習に合わせて尖閣諸島に重大事態が起きていた。尖閣周辺には中国海警局所属の4隻の船が常時展開している。内、1隻は76ミリ砲で武装しているが、どの船もコーストガードであることを示す白い塗装が施されている。海警の船は全て強度も構造も立派な軍艦だが、表向き灰色の軍艦とは異なるというポーズをとっているのだ。
ねっとりした口調
前述の海上演習に合わせて、彼らは尖閣に新たな4隻の白い船を送り込んだ。いずれも76ミリ砲を積んだ武装船だった。それだけではない。岩田氏の解説だ。
「4隻の中にジャンカイ級のフリゲート艦2隻がまじっていた。これはPLAの海軍に所属する巡洋艦ですが、海軍の古い艦を払い下げたのではなく、最初から海警用に建造されたものと思われます。このことから台湾有事の際、中国が巡洋艦クラスの軍艦を尖閣諸島に展開させる戦略を採ることがわかります」
中国艦の76ミリ砲の射程は16キロ、海上保安庁の船は40ミリ砲で射程5キロ、相手にならない。また海保の船は全て商船仕様で船体は軽く強靭性に欠け、攻撃にはひとたまりもない。にもかかわらず、海保が中国側の動きを心配する様子は左程見えない。背景に事態が切迫した場合、海保は後方に下がり、海上自衛隊に対処してもらおうという考えがある。
海保は海上保安庁法第25条でいかなる軍事的活動もしない、第20条で警察権の枠内にとどまると定められている。そのことを以て、中国側が軍事的行動に出てくる場合、海上自衛隊に対応を任せるというのだ。
ここで重大な問題が発生する。繰り返すが、中国側の建前は警察権しか行使しないコーストガードで対処するということだ。それなのに日本側が海自即ち軍艦を出し、軍事力で迫ってきた、軍事的に先に手を出した、全ての責任は日本にあると彼らは論難するだろう。
そこで日本は、まず情報戦で尖閣に展開する中国船が全て軍艦だという事実を世界に周知徹底させなければならない。次に海自の古い艦を海保に回し白く塗装した上で76ミリ砲を装備するなど、現場の実力を強化することだ。加えて忘れてならないのは安全保障政策の第一歩として憲法改正を一日も早く実現することだ。石破氏は安全保障の土台を理解していないと、いわば身内からさえ批判されている。しかし氏はあのねっとりした口調で憲法についても様々な理屈を述べてきた。今こそその多くの自らの言葉を実行に移す時だろう。