「 SNSが旧メディアを圧倒した日 」
『週刊新潮』 2024年12月4日号
日本ルネッサンス 第1125回
「おねだり」と「パワハラ」のイメージにまみれ、辞職に追い込まれた兵庫県の齋藤元彦知事が11月17日、出直し知事選で大勝した。驚きの逆転の背後に既存メディア(新聞、TV、雑誌)vs新メディア(SNS)の戦いがあった。両メディアがせめぎ合う現代、私たちは双方の長所・短所を識っていなければ大きな間違いを犯すことになる。
3月12日に知事への告発文書を公表した県民局長は7月7日に自死、局長の死は知事のパワハラゆえだとする見方が既存メディアで急速に広まった。知事への批判は強まり、9月19日には県議会が全会一致で不信任決議案を可決、26日、知事は出直し選挙に臨むと表明した。その間の6月13日に県議会調査特別委員会(百条委員会)が設置され、それは今も続いている。
齋藤氏不評の中での選挙戦に異変が生じたのは二つの音源が公開されたときだった。第一段階は「NHKから国民を守る党」党首の立花孝志氏による音源曝露、二つ目はSAKISIRUの新田哲史氏によるものだ。両氏は11月22日の「言論テレビ」に出演、まず新田氏が語った。
「兵庫県政では歴代約60年間、官僚出身の副知事が知事に昇格し続けていました。そこに日本維新の会から行革を掲げて入ったのが齋藤氏です。きっと揉め事が多いだろうと感じていました。9月1日にこの件に詳しい同業者から、実は県民局長には女性問題があり、公用パソコンにそれに関連する情報があると言われている、同件は県会議員も地元メディアも皆、知っている、その辺が明るみに出れば、状況は全体的に変わってくると言われたのです」
立花氏が話を引き継いだ。
「僕の出馬表明は10月24日で、その日と翌25日には非公開の百条委員会が開かれています。県議会のある人がそれを録音して某所で僕に渡してくれたのです。誰もが知っていても、テレビ、新聞は報じない。だから僕に渡したのだと思います」
「言論封殺に近い」
立花氏に渡された音声記録は副知事だった片山安孝氏の証言だった。片山氏は県民局長の公用パソコンを回収して内容を調べた本人だ。その本人が、嘘を述べれば罰則が科せられる百条委員会で語った内容は信憑性が高い、と立花氏は判断した。
「僕はこの情報を手にして、早く公表しないと危ないと思いました。情報を持ち歩いていると殺される可能性がある。だから内容を確認した上で最初の演説会場だった明石駅前で音源をマイクにつなげて大勢に聞いてもらったのです」
保有すれば殺される危険さえあるとまで恐れた音源は、百条委員会委員長の奥谷謙一県議が、事実を語ろうとする片山氏の発言を遮って委員会を止めた事実を明らかにしていた。片山氏が県民局長から回収したパソコンの内容を説明しようとして、⓵クーデターのための資料、⓶人事の不満に関する資料に続いて3点目の「不倫日記」にさしかかった時、間髪を入れず奥谷県議がそれ以上語らないように制止した。片山氏が尚も続けようとすると、奥谷氏は強引に委員会の閉会を宣言したのだ。
立花氏はこのやりとりを10月31日、先述の明石駅前で公開した。
「聴いて下さった皆さん方はここでワーッと沸きました。集った人たちは元々ある程度、情報を持っていたのです」
新田氏が公開したもうひとつの音源も選挙に大きな影響をもたらしたと思われる。こちらは、百条委員会で発言を遮られた片山氏が県庁内で報道陣の囲み取材に対応したときのものだ。新田氏が語った。
「約10人の記者が片山氏を取り囲んで、片山氏が論点の一つ目、二つ目のあとに、三つ目として『本人の不倫に関する……』という話を始めたときにまずNHKの記者が『待って下さい。そんなこと言わないで下さい』と、強い口調で制止した。朝日と読売の記者も、そんなこと、相手の名誉に関わることだから、取り消した方がいいと発言しています。言論封殺に近いと言われても仕方ないことを言っているのです」
新田氏の取材では、片山氏は立ち止まって囲まれ、もう一箇所移動して囲まれ、3度目立ち止まったときは記者たちに完全に取り囲まれた。とりわけ朝日と読売の若い記者は説教するかのような勢いで詰め寄っていた。彼らは片山氏が言及した県民局長の「不倫」に反応しているのだ。
たしかに「不倫」と表現してよいのか否かは慎重でなければならない。片山副知事は県民局長の公用パソコンにあった倫理上問題のあるデータを百条委で「不倫日記」と表現し、撤回はしないと語っている。しかし、それは県民局長が強い立場を利用しての不同意の関係であったかもしれず、その場合、女性は被害者だ。
フェアに検証すること
その際に、メディアの報道において女性の側を守るのは当然として、県民局長はなぜ自死したのか、その真実を解き明かす鍵が、この情報の中にあるかもしれないのも事実であろう。つまり、齋藤知事のパワハラのせいではない可能性があるということだ。メディアは真実を探し出す努力をしながら、同時に注意深い報道で女性の側を守り抜くことも可能なはずだ。
新田氏は囲み取材のやりとりほぼ全文をSAKISIRUに公開済みだ。私には記者たちが角度の異なる情報に全く向き合おうとせず、齋藤氏の責任追及一点に絞って取材をしていると思えてならない。メディアの役割のひとつは、それまでとは異なる情報が出てきたらフェアに検証することだろう。新田氏が指摘した。
「百条委員会などにはどうしても政治家の思惑がからみがちで、裁判ほどには公正にできない可能性もあります。今回の件ではカウンター情報を検証する姿勢が全く欠落しています。週刊誌でさえ完全に反齋藤で固まっています」
私はかつて加計学園問題で獣医学部新設に政治的に加担したと論難された安倍晋三氏のことを思い出す。加計学園の新学部設置を進めた元愛媛県知事、加戸守行氏は安倍総理は全く何の関係もないと国会で証言した。だが加戸氏の発言は既存メディアにほぼ完全に黙殺され、前川喜平元文部科学次官の安倍総理加担説を強調する主張ばかりが報道された。極めてアンフェアな報道だった。
今回の構図と似ていないか。旧メディアが思い込みでなく、真実を伝えることに努力しなければ、さらに人々は確実に離れていく。有権者は今回旧メディアより新メディアとしてのSNSを選んだが、かといって単にSNSが力をつけていくだけでは、私たちの考える力が健全に育つということにもならない。
とはいえ、兵庫県議会だけでなく渦中の齋藤氏の側にも大きな欠陥はある。これから兵庫県を舞台に、新旧メディアのせめぎ合いは第二段階を迎えることだろう。情報の受け手である私たちこそが真実を見分け、見つける能力を磨かなければならない。