「 バイデン・トランプ、最悪の権力闘争 」
『週刊新潮』 2023年8月17・24日合併号
日本ルネッサンス 第1061回
8月1日、米連邦大陪審はトランプ前大統領を四つの罪で起訴した。起訴状によると、➀大統領選の結果を認定する連邦政府の機能を弱め、米国を欺こうと企てた、➁選挙結果の認定手続きを妨害した、➂認定手続きを妨害するため他者と共謀した、➃憲法で保障された選挙権を侵害した➃である。
今年3月に初めて起訴されて以来、3度目の起訴となる。
前代未聞の前大統領起訴の陰で、高齢の現職大統領が来秋の大統領選挙での再選に意欲を示すなど、米国政治の展開は予測がつかない。連日、紙面の多くを割いて報じる米国メディアからは、果てしなく深い米国社会の分断が見えてくる。
「ニューヨーク・タイムズ」(NYT)、「ワシントン・ポスト」(WP)、「ウォール・ストリート・ジャーナル」(WSJ)の3紙を較べて読めば、3紙が共通して指摘するのは、今回の起訴状に新しい事実は何もないという点だ。但しそこから先、報道は二極化する。「民主党支持」を明確に掲げるNYTとWPが起訴状を高く評価する一方、「共和党支持」を旗幟鮮明にしているWSJは、トランプ氏を有罪に追い込む事実は存在しないと分析した。両陣営の片方だけ読んでいては惑わされる。双方の伝える主なポイントを拾ってみる。
まずNYTだ。8月2日の紙面で、1面のコラムをチャールズ・ブロー氏はこう書き出した。
「まるで映画の脚本のようだ」
起訴状のことを言っているのだ。
「殆どの人は日々、報道を詳しく読むことなどしない。皆、暮らしがあり仕事がある。(忙しいのだから)起訴状のまとめを読むのがよい。まとめには小難しい法律用語は使われておらず、ドラマそのもののような出来具合だ。これで読者はトランプの頭脳の中に分け入っていける」
余程気に入ったのか、ブロー氏は起訴状のまとめを読むようにとどの人にも熱心に勧めている。
10年の実刑を食らう
なんと言ってもこの裁判では前大統領を罪に問おうというのである。特別検察官は渾身の力で起訴状を書いたはずだ。ただでさえ激しい政治闘争が司法の場に持ち込まれ、大統領選挙キャンペーンと同時進行で審理が行われるのである。裁判と大統領選を国民は日々見聞する。選挙戦は当然、大きな影響を受ける。トランプ氏を有罪にしたい検察は、ここでどうしても国民の支持を得たい。だからこそ、起訴状のまとめは難しい法律用語なしの、頭に入り易いドラマ仕立ての脚本のように書かれたのだ。ブロー氏はそれを真っ正面から信じて、全ての人が読むべきだと言っている。検察の練り上げた筋書を全面的に受け入れろというのだ。このこと自体、ジャーナリズムの敗北である。NYTよ、どうしたのか。
同紙のその日の社説はどうか。第9面の3分の2を使った大型社説は、スミス特別検察官の意図はトランプ氏の嘘を罪に問うことではない旨、解説する。トランプ氏の弁護団は、今回の起訴は言論の自由を阻害するものだと主張して戦う作戦だが、罪に問われているのは大統領選挙の投票後におけるトランプ氏の行動であり、トランプ弁護団が言論の自由を持ち出すのは論点のすり替えだと論難した。
社説は、国民の選挙権の侵害で有罪の評決が出ればトランプ氏は10年の実刑を食らうとも記述した。
WPの報道も社説もNYTと似通っている。彼らも起訴状のまとめの精読を熱心に勧め、「公正な読み方をすれば、結論はひとつだ。トランプ氏を絶対に再びオーヴァルオフィス(大統領執務室)に近づけてはならないということだ」と、主張した。
他方WSJは8月2日の社説で、起訴状に書かれていない事柄に注目した。2021年1月6日に議事堂になだれ込んだ暴徒たちとトランプ氏を結びつける証拠は、起訴状では一切言及されていないと、指摘したのだ。
起訴状にはさらに「全てのアメリカ国民と同じく、トランプ氏は選挙結果について公に語り、それが事実でないとしても、選挙期間中に選挙結果の確定作業に不正があり、自分は本来勝っていたと主張する権利がある」と記述されていることも指摘した。
WSJはトランプ氏には選挙について好きなだけ嘘をつく権利があるとの解説も行っているが、かといって同紙がトランプ氏を無原則に支援しているわけではないことをこれまでの報道実績を紹介しながら強調した。
そもそもWSJは大統領選挙に敗れてからのトランプ氏の行動を厳しく非難してきたメディアだ。今回も社説で、トランプ氏はあの1月6日に辞職すべきだったとの持論を繰り返したが、ここはジャーナリズムの在り方として正しいと思う。
スキャンダル曝露
WSJは、大統領選挙について民主党はトランプ氏が共和党の大統領候補に選ばれることを望んでいると断じている。民主党は相手がトランプ氏なら、バイデン氏が勝つと踏んでいるからだ。
大統領選挙がバイデンとトランプ両氏の争いとなる場合、討論されるのは老人の年齢問題、無気力さ、そして刑務所の塀の中に落ちない方策ばかりだとWSJは指摘したが、納得せざるを得ない。
米国のリベラルメディアが中々取り上げないことのひとつが、バイデン氏の子息、ハンター氏のスキャンダルである。それを追及していけば、バイデン氏がオバマ政権の下で副大統領を務めていたときの、バイデン氏自身のスキャンダル曝露につながりかねないからだ。
だが身内問題を抱えているのはトランプ氏も同様である。イヴァンカ・トランプ氏とその夫、ジャレッド・クシュナー氏の問題を、コラムニストのキャサリン・パーカー氏がWPで鋭く抉り出している。
トランプ氏の愛娘夫妻はトランプ政権時代、氏の側近となって世紀の人脈を築いた。外交問題も盛んに取り仕切った。そうして築いた強力な人脈の一人がサウジアラビアの最高権力者、ムハンマド・ビン・サルマン(MBS)皇太子だ。
MBSは、WPのコラムニストだったジャマル・カショギ氏を殺害させたことで国際社会の非難を浴びて孤立した。民主党政権下、米国との関係も冷え切った。しかし、ホワイトハウスを離れたイヴァンカとジャレッドの両氏は数十億ドル規模の投資ファンドを設立し、サウジ政府から最大規模の資金提供を受けているという。このようなことはトランプ氏を利用して初めて可能だったのであり、ハンター氏が父親の地位を利用したのと同じことだ。
3度目の起訴を受けてトランプ氏の支持率は逆に上昇した。年老いた二人はアメリカをさらなる混乱に追いやるだろう。そのアメリカに頼りきりの日本こそ、国の在り方をよく考えるべきときだ。日米同盟最重視は無論だが、安全保障、対中外交において、日本の力と戦略をより前面に出す努力が必要だ。