「 軟弱国家、独が目覚めた日本も続け 」
『週刊新潮』 2022年3月10日号
日本ルネッサンス 第990回
危機は突然、予想を超えて押し寄せる。力のみを信奉する国に話し合いや友誼などは意味をなさない。剥き出しの力だけが物を言う。
プーチン露大統領は軍事大国としての力を頼りにウクライナの属国化を目指して攻めた。「我々は核大国だ」と発言し、核使用も厭わない構えで恫喝した。全面侵攻開始は2月24日。2、3日で制圧されると見られていたウクライナが勇敢に戦い、持ちこたえている。
プーチン氏はさらに強力な殺人兵器を投入し、27日には核抑止部隊を警戒態勢に置いた。小型戦術核も使用しかねないとの懸念が広がった瞬間だ。
ウクライナ大統領のゼレンスキー氏は、これ以上人命を犠牲にしないために停戦交渉を提案し、両国は28日、5時間の交渉を行った。交渉は継続となったが、この間もプーチン氏はウクライナの首都キエフ陥落、ウクライナ政府の打倒に向けて攻撃を強めている。
国家国民を守るのは、理を尽くした交渉よりも軍事力なのである。この冷厳な事実に気がついたのが、ドイツ首相のオラフ・ショルツ氏だった。日本と同じ第二次世界大戦の敗戦国であるドイツは、自らの歴史を反省する余り、戦後、軍事力忌避の姿勢を維持してきた。彼らは欧州を牽引する経済大国だが、自立国家に欠かせない軍事力の保持、それが現実政治に及ぼす影響から目を逸らし続けてきた。
ウクライナ危機に直面して、英国などがいち早く携行式の対戦車ミサイルを提供したのに比べて、ドイツはヘルメット5000個にとどまり世界の顰蹙を買った。そのドイツをロシアの“力治”戦略が目覚めさせた。
プーチン氏が21日夜にウクライナ東部の二つの州の独立を認め、両共和国に平和維持部隊を送ると演説すると、翌22日、ショルツ氏はロシアとドイツ間に完成し、運用開始を待つばかりだったガスパイプライン、「ノルドストリーム2」の凍結を電撃的に発表した。
ロシアの歳入は40%を石油、ガスの輸出に頼っている。欧州をエネルギー供給でロシアに依存させることがロシアの強力な武器となる。その供給手段の凍結をドイツ側から突然発表されたことに、プーチン氏は衝撃を受けたはずだ。
中国の動き
一日おいた24日早朝、ロシア軍が全面攻撃を開始すると、ショルツ氏は同日、戦後長く対露宥和政策を貫いてきたドイツの首相とは思えないテレビ演説を行った。「欧州の暗黒の日」「戦争が始まった」、「プーチン大統領は(世界を)過去に戻そうとしている」と論難し、「1989年以前には戻れない。あのとき、中欧、東欧の人々は自由と民主主義を求めて戦った。我々も。ウクライナも」と語っている。
その上で「この戦争はプーチンの戦争だ」とプーチン氏を呼び捨てにした。「彼一人が全責任を負うべきだ」「プーチンはNATOを見くびってはならない」「我々は、希望は抱くがお人好しではない」として冷戦後にNATOに加盟した東欧諸国の固有名詞をひとつひとつ挙げて、「NATOはこれら加盟国を無条件で守る」「プーチンの勝利はない」と宣言した。かつてのドイツからは想像できない言葉だ。
同じ日に会見したバイデン米大統領は次のように語っている。
「(貿易制限などの)制裁は即効性に乏しい。ロシア経済に深刻な打撃を与えてプーチンの計画を狂わせ、軍事作戦を阻害することが狙いだ。経済制裁によって何かを止められるとは誰も思っていない」
貿易制限だけではプーチンの戦争は止められないと分かっていたと認めたのだ。それは中国の動きを見れば明らかだ。この24日、中国は対露貿易制限を緩和し、ロシア産の小麦輸入の拡大を発表した。またそれより前の北京五輪時の首脳会談で、彼らはロシア産天然ガスの買いつけ量を100億㎥分、追加した。欧米の経済制裁の効果を中国が相殺するためだ。
経済制裁に限界があれば、国連における話し合いはもっと絶望的だ。25日に招集された国連安全保障理事会ではロシア軍の即時撤退を求める対露決議案が採決された。しかしロシアが拒否権を使い、中国、インド、UAEの棄権で不成立に終わった。話し合いでは何処にも行き着けない。
同じ日、プーチン氏はウクライナの現政権をナチスにたとえて強く非難し、ウクライナ軍にクーデターを呼びかけた。
ショルツ首相が「真の目覚め」を発表したのはこの頃だ。26日にはウクライナに対戦車兵器1000基、地対空スティンガーミサイル500発の供給を発表した。敗戦以来、殺傷兵器は供給しないというドイツの平和主義、パシフィズム政策の転換だった。
丸裸状態
27日には議会で重要演説を行った。国防費をGDPの2%に、即、増やすと宣言した。今年、国防費約13兆円を追加するというのだ。どのようにしてこの金額を捻出するのかは、ショルツ演説からは分からないが、驚きの増額である。
増加分は全て、F-35戦闘機やイスラエル製の無人機などの武器装備に使われ、人件費や軍人年金などの福利厚生用ではないとした。軍事力の効用にも行使にも否定的だったドイツが、軍事力こそが国の運命を決定するという事実を受け入れ、軍事力強化に取り組み始めたのだ。
もう一点、注目すべきは、ロシアへのエネルギー依存の危険回避の手を打ち始めたことだ。石炭及びガスの備蓄を増やし、天然ガスのターミナル2基を急ぎ建設するとした。
無論こうした手立ては実現までに何年もかかる。今すぐに役立つことではない。また、ドイツを全面的に信用するわけにもいかない。ドイツは第二次世界大戦で日本と同盟を結んだのちも、日本の敵だった中国国民党にしばらく軍事援助を続けていた。国際社会は狡猾な国々で満ちている。
それでもドイツが国家として目覚めた事実、国家は経済のみで立つものではなく、十分な軍事力を持ってこそ立つ、という現実に目覚めたことに日本は学ぶべきだと思う。そもそもウクライナは94年のブダペスト覚書で核兵器を放棄した。米英露は非核化したウクライナの安全を保障した。それが今やロシアはウクライナを核で脅し、米欧諸国は武器装備の援助にとどまっているのである。
再度言う。国際社会は厳しい。その中で日本は、ロシアよりもはるかに手強い中国に狙われている。このまま丸裸状態でいては、日本国を守ることはできない。一日も早く、防衛費の大幅増、中距離ミサイルを含む攻撃力の保持、米国との核シェアリングなどを実現し、非核三原則を見直し、憲法改正をしてみせることだ。でなければ硬軟両様、狡猾極まる中国の属国にされるだろう。