「 今、米国の足らざる点を日本が補え 」
『週刊新潮』 2022年2月3日
日本ルネッサンス 第985回
1月19日、就任1年を記念してバイデン米大統領が記者会見を行った。1時間51分、79歳の老大統領は立ったまま、語り続けた。
米中対立の構図が明らかないま、世界の命運は事実上バイデン氏の肩にかかっている。とりわけ日本は憲法の制約もあり唯一の同盟国に大きく依存している。バイデン氏の世界戦略こそ、日本の最大の関心事だ。
演説で大統領が語ったことは2点だった。武漢ウイルス(バイデン氏はCOVID-19としか呼ばないが)と、インフレである。
前者については、就任時にワクチン接種済みの国民は200万人だったが1年後は2億1000万人に増えたと実績を誇った。3度目のワクチン接種の加速、PCR検査、マスク、飲み薬の普及などについて実績を大いに誇った。後者に関してはインフレ抑制策として三つの具体策を詳述した。他方、中国、ロシア、北朝鮮などには言及がなかった。米国は元々内向きの大国だが、外交、安全保障について冒頭のスピーチでは一言も触れないのだ。但し、記者達の質問でやむなく語りはした。
バイデン氏は冗長だ。四方八方に話が広がり、主旨不明瞭だ。会見では政権批判の質問が続いた。
〈インフレは加速、議会は停滞、大統領推進の投票権保護法案の失敗は明らかで、コロナウイルスの死者は日々1500人、米社会の分断は埋まらない。大統領は米国民に能力以上を約束したのではないか〉
このように大統領及び民主党政権全体の能力を疑う質問が続いたのに対し、バイデン氏は果敢に答えた。
「私は、皆の期待以上によくやっている。ウイルスによる死者の数は、少し前はその3倍だった。状況はよくなっているんだ」「過去の大統領の誰よりも自分はよくやっている」と繰り返した。世界が落胆したアフガニスタン撤退の拙劣さについても「弁解はしない」と、強い自信を見せた。
失礼な質問が飛び出す
米国民のコロナによる犠牲者が100万人に近づきつつある中、昨年11月、習近平中国国家主席との3時間半にわたるオンラインの首脳会談で、なぜ、武漢ウイルスについて追及しなかったのか、子息が中国の銀行が関わる投資案件に関係しているためか、との問いへの答えが振るっている。
「その問題は提起した。私は彼(習近平)と長い時間を過ごした」
―ではなぜ、その件は会談後の発表に含まれていなかったのか。
「側近達は会談全体を通してずっと私の側にいたわけじゃないんだ」
バイデン氏は、米中首脳会談の一定の時間、側近が席を外して一人で習近平氏と語り合っていたと言っていることになる。そんなこと、あるわけがない。
ロシアによるウクライナ侵攻の危険性については、バイデン氏の主張は、控え目に言っても不明瞭だ。「小規模侵略なら、我々は何をすべきか、すべきでないか争うことになる」「国境に展開した軍隊を動かせば、米国と同盟国はロシア経済に多大な犠牲を払わせる」「ウクライナ侵攻はロシア側に多大な犠牲を生む。彼らは時間をかけて勝利する(prevail)だろうが、その結果は重く、生々しいはずだ」とも語っている。
凄まじい犠牲は伴うが、ロシアは勝利するだろうなどと、米国大統領が言ってよいのか。ロイター通信が、プーチンに小規模侵略を許すつもりかと質したのも当然だ。バイデン氏の回答は次のように迷走気味だ。
「大国はハッタリで脅すことはできない」「プーチンの目的はNATOの弱体化だ」「万が一のときはロシアにドルとの交換停止措置を取るが、ロシア、米国、EUにとってその衝撃は大きい」「ロシア軍がウクライナに侵攻すれば状況は一変する」「しかし、彼(プーチン)が何をするかによる。我々が何をどこまでするかはNATO全体がまとまりきれるかにもよる」と答えた。
文章が文章になっておらず、言い間違いも少なくない。何度も言い直すために、最終的に何を言っているのか、明確でない。こうした状態は一体何を示すのか。
「ニュースマックス」が「ポリティコ/モーニングコンサルト」の世論調査を引用して尋ねた。「ジョー・バイデンは精神的に健全(mentally fit)か」との問いに、49%が「否」と答え、民主党員の過半数も否定的に答えたが、何故このような疑問が生じると思うか、と。
右の問いに大統領は「わからない」と答えたが、会見のあとの方で「私は世論調査は信じない」と言い切った。こんな失礼な質問が飛び出すほど、バイデン氏の評価は落ちているということだろう。
砂上の楼閣
日本はどのように対処するかである。バイデン氏の欠点は忘れて、米国と力を合わせることが最も重要だとまず確認しなければならない。バイデン氏本人の能力ではなく、米国の能力と意思に注目することだ。相対的に力を落としても米国は依然として世界の超大国で、わが国の唯一の同盟国だ。米国の足らざるところを日本が最大限の努力で最速で補い、中露に対する抑止力を築くことがわが国の国益だ。
中国の脅威は深刻だが、彼らの力が長く続くはずのないことも認識しておきたい。中国の勢いはまず内側から殺がれていくはずだ。人口減である。中国の合計特殊出生率は1.3、わが国の1.34より低い。米国は1.7、欧州の平均は1.5だ。ついでに言えば韓国は0.84である。
統計によると、2030年までに中国の生産年齢人口(15歳から60歳)は7000万人も減る。他方、高齢者は1億人も増える。中国は人口が大きいために、一度は米国のGDPを抜いて世界一の経済大国になる。その時期は当初33年と見られた。中国経済が好調でこれが28年に繰り上げられたのだが、今再び33年に見直された。米国は中国に一旦抜かれても、今世紀中に再び中国を抜き返して世界最大の経済大国に戻る。
中国共産党は社会保障制度も医療保険制度も整えていないために、超高齢化社会で国民の不満は募り、国家運営が安定する保証はない。2億台の監視カメラで国民を雁字搦(がんじがら)めにしても、それが平和的、安定的な統治を可能にするわけではない。
ウイグル人、チベット人、モンゴル人に対する弾圧と虐殺の統治はおよそ全ての心ある人々、民族、国々に忌み嫌われている。中国には真の友人などいない。軍事力に特化した強さを有していても、人間を幸せにしないのであるから全て砂上の楼閣のようなものだ。
中国がいずれ力を落としていくのは避けられない。そのときまでたとえばあと10年、私たちはこの一番大変な時期を米国や欧州、インド、豪州、アジア諸国と共に頑張ればよいのだ。日本が強くなることだ。