「 夏の参院選、自民大敗の可能性も 」
『週刊新潮』 2022年1月20日号
日本ルネッサンス 第983回
岸田文雄首相にとって今年最大の関心事は7月10日予定の参議院議員選挙であろう。公明党と合わせて過半数を取れば、その後3年間、選挙の心配をしなくてよい安定期が手に入る。首相は自分の思い描く政治を思い切り実行出来る。
世界大激変の中で日本の首相であることは、日本国にも世界にも大きく貢献し、重要な歴史的使命を担うということだ。首相は具体的に自分の使命をどうとらえているだろうか。
1月7日「言論テレビ」で今年の岸田政権を予測、分析した。首相就任から100日近くが過ぎたが、首相の言葉からは日本と世界を動かす大きな志は見えてこないという結論で論者一同が一致した。産経新聞論説委員の阿比留瑠比氏は岸田氏を「有言不実行の人」と言い、雑誌「正論」発行人の有元隆志氏は、言葉も行動も「空洞の人」と語った。政治ジャーナリストの石橋文登氏は「朝日新聞にほめられたい人」と喝破した。
人権重視を強調しながら、首相はウイグル人虐殺問題で対中非難決議を止めさせた。中国の脅威に対処するために自衛隊を強化し、国防費をGDPの2%以上にするとの公約にも消極的で、フタを開けてみれば来年度の国防費は殆ど増えていない。出入国管理法見直しは先延ばしで、敵基地攻撃能力の保持も明言しなかった。
このような岸田政権に米国側は、1月7日の「2+2」(外相・防衛相による戦略会議)で共同文書に「敵基地攻撃」を念頭に「日本はミサイルの脅威に対抗するための能力を含め、国家の防衛に必要なあらゆる選択肢を検討する」と書き込むよう求めた。
「戦略を完全に整合させ、共に目標を優先づけることによって、同盟を絶えず現代化し、共同の能力を強化する決意」も明記した。岸田首相の優柔不断振りとは対極を成す強い国家意志が表現された。
石橋氏の指摘だ。
「参院選までは摩擦を起こしたくないのです。国益に関わる大事な法案であっても、野党から攻撃されたり、朝日新聞から批判されるようなことには一切手をつけたくないと考えている。そう思えば岸田政治は全て手に取るように分かります」
維新は公明に取って替る
何もしないにもかかわらず、岸田氏への支持率はゆるやかな右肩上がりで66%を超えた。なぜか。「政治史を振り返れば、何もしなかった政権の方が支持率も高く寿命も長い。たとえば、佐藤栄作氏がそうでした」と阿比留氏は語る。
反対に立憲民主党代表の泉健太氏は自信喪失気味だ。昨秋の衆院選の得票数を基本にすると、参院の32の1人区で立憲民主がとれるのはわずか数議席になると言って警戒する。またもや立民大敗、自民大勝が7月に再現されるのか。「自民大勝など考えられない」と石橋氏が真っ向から反論した。
「1月4日、伊勢神宮での年頭記者会見で岸田さんは非常に元気でした。去年の総選挙で予想以上の261議席、得票数2760万、追加公認の分を入れたら2800万票近くとりました。安倍晋三元総理が3回の衆院選それぞれで得た票数より圧倒的に多い。それで非常に自信を深めたのでしょう」
岸田氏は、このまま問題や摩擦を起こさずに参院選まで行けば勝てる、その先に本格的政権への道が開けてくると読んでいるのであろう。だが衆院選での大健闘は、いくら自民党に不満でも立憲民主や共産党に入れる気のない人たちが、立憲・共産の候補者に競り負けそうな自民党候補者を見て危機感を抱き、自民党に戻ってきたからではないのか。「自民大敗、立憲大勝」では日本は生き残れないと、思い直した人達は少なくない。自民党の善戦はそのような有権者の立憲・共産忌避の結果でもある。もし、選挙区に日本維新や国民民主の候補者がいれば、保守層はそちらに票を投じたかもしれない。自民党への本当の支持はかなり弱含みだ。
国防や憲法で深刻な違いが目立つ自民・公明の連立政権よりも、自民党と日本維新の方が親和性は高く国益にも適うと考える有権者は少なくない。維新は公明党に取って替り得るのではないのかと思う。石橋氏が語る。
「日本維新は、橋下徹知事を支えるか否かで自民党大阪府連がまっ二つに割れ、除名された人々が作った政党です。10年以上かけて、ここまで力をつけた。大阪府内の市議会のおよそ全てで、最大会派は維新です。選挙の手法も自民党と一緒、いわば第二自民党です。
彼らは連合の組織票に頼る国民民主を冷ややかな目で見ており、立憲には敵意すら感じていると思います。だから自民党は維新と協調すべきなのです。維新が1人区で国民と住み分けをして候補者を立ててきたら、自民にとっては大きな脅威です」
70代後半の候補者たち
自民党は総崩れを起こしかねない。岸田政権の重要な仕事は、まず維新と意思の疎通をはかることだが、それができていない。維新とのパイプは菅義偉前首相と安倍晋三元首相だ。岸田氏は両氏との関係再確立に努力すべきだろう。次に一日も早く自民党の選挙態勢にメスを入れることだ。新聞には32の1人区の候補予定者名が報じられている。その中で目を引くのが70代後半の候補者たちだ。
「今回の衆院選でも70代以上の議員には辛い面があった。小沢一郎さんも選挙区で落選した。75歳前後の候補者は黄色信号でしょう。たとえば長崎の金子原二郎さん、農林水産大臣ですが、今、77歳、当選すれば84歳まで議員です」と石橋氏。
福井の山崎正昭氏は79歳、元参院議長だ。鹿児島は78歳の野村哲郎氏が候補者だ。
人生100年の時代であり、個々人によって知力も体力も異なるため一概に言えないのは当然だ。だが、余程しっかり人選しなければ、自民党は危うい。人口減で1人区が増え、2人以上の複数人区は減少するばかりだ。その中で自民党が過半数をとれるところは、大阪も東京も含めて、ほとんどない。維新は本気で次の参院選で「ねじれ」を起こすつもりだ。
維新に選挙協力などを働きかけ、自らも魅力的な候補者を立てなければ、自民党は大敗の恐れがある。
「安倍一強の秘策は、3割の岩盤支持者の支持を徹底的に守ったことです。立憲や蓮舫を支持するのはせいぜい1割だけだと考えて揺らがなかった。今、保守支持層の3割が、岸田さんで大丈夫かと思い始めている。維新に少しやらせたいと思う人が増えている。フワフワの66%を追う余り、足下の岩の崩れに気付かないとしたら、危険です」
石橋氏の分析には説得力がある。選挙まであと半年余、岸田首相の猛省を促したい。