「 民主主義サミットで迷走する米国 」
『週刊新潮』 2021年12月9日号
日本ルネッサンス 第978回
バイデン大統領、大迷走か。
12月9、10日にバイデン氏が主催する「民主主義サミット」への招待国リストを見ての第一印象である。
民主主義サミット開催は2020年の大統領選挙で氏が公約した。目的は、➀民主主義国を権威主義から守る、➁汚職撲滅、➂人権尊重の促進である。
米国務省は国連に加盟する193か国から110の国と地域を招き、約80か国を排除したが、選別の基準は不明確で、このような選抜によって先の三つの目標達成への道筋が開けるとは思えない。世界を恣意的に二分する戦略、戦術の拙劣さだけが目につく。
たとえば東南アジア諸国連合(ASEAN)である。10か国の内、招かれたのはフィリピン、インドネシア、マレーシアのみでタイもシンガポールもベトナムも外された。
タイは歴とした米国の同盟国だが軍主導の政治が嫌われたのか。シンガポールは米国の同盟国ではないが米軍艦も寄港する力のある友好国だ。後述するように米国はシンガポールの重要性に注目してきた。今回外されたのは、同国の事実上一党支配の政治体制が民主主義に合致しないと見做されたからだろうか。
ベトナムの排除は理解し難い。熾烈なベトナム戦争の傷をこえて、宿敵同士だった両国は関係を修復した。そしてベトナムは未来展望の軸を米国との関係強化に置いた。南シナ海における中国の脅威に抗して、米国と事実上共闘中である。ベトナムはまた環太平洋経済連携協定(TPP)の重要な加盟国であり、本来ならば経済と価値観においても米国と軌を一にするはずだった。そこから一方的に脱落したのは米国だ。米国との戦略的協調関係を強化してきたベトナムの除外こそ、繰り返すが、理解し難い。
ベトナムやシンガポールを含むASEANを、米国を筆頭とする西側諸国と中国が、力と知恵を尽くして取り込み合戦を展開中なのは今更言うまでもない。
11月22日には習近平国家主席がASEAN中国特別首脳会議をオンラインで開催し、「包括的戦略パートナーシップの構築」を謳い上げた。
同日、先進7か国首脳会議(G7)の議長国である英国が、12月10日からリバプールで開くG7外相会議にASEAN外相を招くと発表した。
米国は10月26日にバイデン大統領自身がASEAN諸国との首脳会議にオンラインで出席し、1億ドル(約110億円)の支援を表明した。それに先立つ7月23日、オースティン国防長官はシンガポール、ベトナム等への歴訪に出発した。氏は歴訪で「米国は引き続き信頼できる友好国であり、必要とされるときに姿をあらわす友人だ」とASEAN諸国に伝えたいと語った。
翌月22日からは副大統領のカマラ・ハリス氏がシンガポールとベトナムを訪れ、インド・太平洋における米国の「パートナー」としての関係強化を訴えた。
中国が甘い声で接近
にも拘わらず、これらの国々は民主主義サミットに招かれなかった。米国外交は一体何なのかと、ASEAN諸国が疑うのは当然だ。アメリカから事実上「貴国は十分な民主主義国ではないから輪の中に入れない」と言われた側の不満に、中国が甘い声で接近するのが目に見える。
中国の甘言に嵌まった国にカンボジアがある。ASEANによるさまざまな対中決議は悉(#ことごと)くカンボジアの反対で潰されてきた。いまその国で米中大逆転劇がひとつの結末を迎えようとしている。今年6月ティア・バン国防相は中国の支援で軍事基地建設が進んでいることを正式に認めた。かねてよりカンボジアの対中傾斜は警告されてきた。同国の外交、安全保障政策は中国の思いどおりに変わり、穏やかなASEAN諸国からさえ、カンボジアを含めての全会一致で決定する仕組みを変えるべしという強い意見まで出ていた。
米国は6月にシャーマン国務副長官を派遣したが、米国が同国南西部のリアム海軍基地に建てた司令部は遂に解体された。中国に奪われ続けるこの状況にどう対処できるのか。答えは簡単ではない。明確なのは民主主義サミットからの除外には何の効果もないということだ。
南アジアではインド、パキスタン、ネパール、モルジブが招かれ、バングラデシュとスリランカが外された。
「タイムズ・オブ・インディア」はネパールとパキスタンは中国に隣接するから選ばれ、バングラデシュは米国が肩入れしてきた野党が過去2回の選挙で振るわなかったから外されたとの推測記事を載せた。行間から読みとれるのは、米国の選別基準は結局、米国の好悪でしかないという否定的受けとめ方だ。
「米国抜き」の秩序形成
中東からは米国の盟友、イスラエルに加えてイラクだけが招かれた。大国サウジアラビア、動向が注目されるNATO加盟国のトルコ、アラブ首長国連邦(UAE)も、アフガニスタンからの米軍撤退で随分と米国に協力したカタールも外された。
それでなくとも中東では「米国抜き」の秩序形成の動きが生まれている。トルコはカタールと共に中東各国のイスラム組織「ムスリム同胞団」などを助けてきた結果、過激派への支援だとしてサウジアラビアやUAEなどの反発を招いてきた。
だが、いまトルコはイスラム過激派への支援を控えるとの見通しを示し始めた。理由はUAEが経済的苦境にあるトルコ支援に入り、100億ドル(約1兆1000億円)規模の、対トルコ投資拡大を目的としたファンド設立に動いたことが直接のきっかけだと見られている。複雑な中東情勢の展開は見通せないが、米国抜きの秩序確立をより強く促すような動きは、必ずロシアや中国のより深い介入を招く。中東における米国の国益は損なわれるに違いない。
一方で、台湾が招かれ、米国の台湾擁護政策がまたひとつ印象づけられたことは、多くの国に安心感を与えたはずだ。台湾からの参加者はデジタル担当政務委員のオードリー・タン氏と駐米代表の蕭美琴(しょうびきん)氏だ。武漢由来のウイルス問題を話し合うには最適だが、政治的には比較的慎ましやかな人選だ。
中国の不必要な反発を招きたくないということであろうか。
民主主義サミットに110か国はオンラインで参加する。1年後に本格的な会合を開催するとバイデン氏は言う。だが1年後のその頃は米国全体が中間選挙で手一杯であろう。
とりわけ民主党はこのままいけば上下両院で敗北しかねない。言葉上は強い印象を与える民主主義サミットだが、具体的果実は期待できないだろう。結局、今回の米国の決定は、バイデン大統領の思考はその目的が曖昧で世界のパワーバランスを米国優位に安定させる戦略性に欠けている、という厳しい現実を暴露しただけではないのか。