「 核先制不使用は逆に危険を招く 」
『週刊新潮』 2021年12月2日号
日本ルネッサンス 第977回
11月15日、バイデン米大統領と習近平国家主席がオンライン首脳会談を行った。その翌日、ホワイトハウスは、両首脳が核の軍備管理に関する交渉開始の可能性を探ることに同意したと発表した。
安全保障問題担当大統領補佐官のジェイク・サリバン氏も「両首脳は戦略的安定性に向けて前向きの議論を開始することで合意した」「ここから如何に生産的な方法で進めていくかを考えるのが我々の責務だ」と、ブルッキングス研究所で語っている。
万が一実現すれば、15日の首脳会談の唯一の成果となる可能性もあると、米紙「ウォール・ストリート・ジャーナル」(WSJ)が報じたが、米中間で核軍縮が進むとは到底、思えない。
オバマ元大統領もトランプ前大統領も核の管理について中国と話し合おうと提案した。しかし中国は耳も貸さずに拒絶し続けた。バイデン氏が中国を核軍縮や核管理の場に引き込めるとは思えない。
先述の情報が公にされた経緯を知れば、この話はバイデン氏の希望的観測が空回りしているだけという厳しい現実が見えてくる。オンラインの首脳会談でバイデン氏がこの件を持ち出し、習氏がそれならば高官を手当しようと応じたというのだが、そこから先の進展はない。会談後の会見でも中国側は触れていない。
参議院議員で、現在自民党外交部会長を務める佐藤正久氏が語った。
「中国は核軍縮に応じる気など全くないでしょう。米ソ(米露)が核軍縮交渉をしたのは、両国がほぼ同じ数の核兵器を持ち、パリティ(均衡)が生まれたからです。中国はそこまで行っていません。核削減とは反対に、2030年までに現在の350発から1000発まで増やしたいと、国運を賭けているのですから」
元防衛大臣の小野寺五典氏も次のように語った。
「現在、核の軍備管理で話し合いの場を持っているのは米露両国だけです。中国は決して加わりません。それだけに本当に中国が参加するのなら、非常によいことだと思います。しかし、彼らが核の管理や制限を話し合う場に入ってくるのか、疑問です。たとえ交渉に応じるとしても中国は交渉や協議の形で時間稼ぎをしますから、要注意です」
ワシントンを攻撃可能
防衛研究所防衛政策研究室長の高橋杉雄氏は両首脳の思惑はかけ離れていて、意思疎通がうまくいっていないと見る。
「中国側の態度を見ると米国の目的を理解する気はないと思わざるを得ません。習氏は単に聞き置いたのでしょう。バイデン氏はオバマ元大統領と同じく核のない世界を目指すとしていますが、現在、米国が直面している事態は、そんな余裕など持ちようもないほど、本当に切迫したものなのです」
今年7月、中国が内陸部に核ミサイルを格納するサイロを300も建設していることが米国の偵察衛星で明らかになった。約800平方キロメートルの広大なサイロフィールドが2か所あることも判明した。中国が建設中のサイロの数はすでにロシアのサイロ数を上回っているという。米国でさえサイロは500しかない。中国の300という数は大きな驚きだった。高橋氏が語る。
「中国はいまそこに新型ミサイルのDF41を入れようとしています。DF41は10発の核弾頭を搭載できます。しかもワシントンに届く射程を持っています」
ワシントンを攻撃可能な、10発の核弾頭搭載ミサイルは米国にとって大きな危機である。中国の核兵器大増強は軍事的にどんな動きを引き起こす危険があるのだろうか。まず、前述のような機能を備えたDF41ミサイルを中国が配置するのは、奥地とは言え、場所が固定されたサイロである。北朝鮮のように、列車や車輌から発射する場合、位置の特定が難しいため、先制攻撃は困難だ。しかし固定式なら、先制攻撃は可能だ。従ってもし、中国がDF41の発射準備にとりかかったら、その動きを察知した米国側は先制攻撃するだろう。DF41に搭載されている10発の核弾頭もろとも撃破可能だ。となれば中国側も同様に先制攻撃を考えるかもしれない。
高橋氏が指摘した。
「このようにかえって非常に危険な状況が発生しかねないために、米露は固定式のサイロには複数の核弾頭は入れないという合意をしています。しかし、中国はその合意に入ろうともしません。また、中国は一応、核の先制不使用を建前としていますが、そこにはさまざまな条件をつけており、条件次第で先制攻撃は可能なのです。無論、その条件は中国だけが判断するわけです」
凄まじい速度と規模
もうひとつ注目すべきことがある。「警報即発射」という考えだ。launch-on-warningでLOWと呼ばれる。敵国が核攻撃を決断したと察知した時点で、敵の核ミサイル発射を制するために核攻撃をするという考えだ。中国は宇宙空間のセンサーなどで核発射の兆候をとらえる能力を確立している。加えて、人民解放軍はLOWの訓練をこの数年繰り返していることも判明している。
つまり、中国は核の先制不使用の考え方を放棄したと見るべきなのだ。実質的に核の先制攻撃態勢を築き上げたということだ。
中国の核戦力構築の凄まじい速度と規模にどう対処するのか。これまで一度も交渉に応じてこなかった中国と交渉で解決しようと考えるのは意味をなさないだろう。力を信じてその構築を壮大な計画で進める中国に対しては、米国も力を強化しなければならないというのが合理的結論であろう。
米国の核によって守られている日本は、この厳しい状況下で、どのようにして国民を守り、国土を守るのか。まず、出来得る限りの努力をして、日本の国防力を強化することが全ての基本である。日本自身が国防の努力をしなければ、同盟相手の米国は決して助けてはくれない。
次に、バイデン大統領が「核の先制攻撃はしない」などと、決して言わないよう説得することだ。来年早々に米政府は「核態勢の見直し」(NPR)を公表する。米国の民主党政権は核の先制不使用宣言を検討しているとみられるが、それで喜ぶのは中国、ロシア、北朝鮮だけだ。米国防総省は、中国が国際条約に違反して化学・生物兵器の開発を進めている可能性も指摘している。中国への警戒は、如何なることがあっても緩めてはならない。
そして私たちは、米国をはじめ自由や民主主義を大切にする側が、非常に厳しい局面に立たされていることを知っておかなければならない。米国はこれから中露両国との二正面作戦に耐えなければならないのだ。だからこそ、日本は、米国に助けられるばかりでなく、米国と共に互いを守り合っていかなければならない。岸田文雄首相の責任は重いのだ。