「 中国核弾頭1000発の恐怖 」
『週刊新潮』 2021年11月18日号
日本ルネッサンス 第975回
中国の習近平国家主席の毛沢東化、終身皇帝への道がまた一歩、確実に前進した。今月8日から開催された重要会議、第19期中央委員会第6回総会(6中総会)の最終日に当たる11日には習氏の「第3の歴史決議」を採択する。
毛沢東の「若干の歴史問題に関する決議」(1945年4月)、鄧小平の「建国以来の党の若干の歴史問題に関する決議」(81年6月)に続くものだ。毛も鄧も決議によって自らの政治路線の正しさを明確化させ、権威を高め、権力基盤を盤石にした。「第3の歴史決議」で、習氏はまず毛、鄧両氏と並び、さらに彼らを凌ぐ絶対的高みに上る道を切り拓くと予想される。
だが、絶対的権力の確立は生易しいものではない。14億人を納得させるには、毛沢東も実現できなかった台湾併合の偉業達成が必要だ。そのために習氏は89年以来の大軍拡をさらに強化しつつある。強大な軍事力を築く一方で、台湾併合に関しては軍事力の使用を否定しない。また、台湾攻略法として、経済的圧力、サイバー攻撃、メディア支配、フェイクニュース拡散、工作員送り込みなどあらゆる手を使う。
対外強硬策は中国国民のナショナリズムを刺激し求心力を高めるが、習氏は各王朝が下からの革命で倒されてきた中国の歴史を十分に知っている。自身への絶対的崇拝を徹底させようと躍起なのは、ナショナリズムが政府への不満に転化し国民蜂起につながるのを恐れているからだ。
中国教育省は8月24日、「学生の頭脳を習近平の中国の特色ある社会主義思想で武装する」よう指示した。小学生には「全党人民の道案内人は習近平主席」であると教え、敬愛の念をこめて「習おじいさん」と呼ばせる。大人は皆、共産党を唯一の指導組織として崇め、企業は「中国共産党と一心同体でなければならない」と指導される。
14億の国民を洗脳するための一連の独善的政策は外交や安全保障政策にも通底する。外国に対しては経済力と軍事力をアメと鞭として使う。
日本も最大級の被害
中国の軍事費は日本の4倍以上となり、軍事力の差は開く一方だ。日本も台湾も存亡の危機だ。そうした中の10月1日、台湾海峡上空に中国軍機が大挙飛来した。5日までに計150機が押し寄せた。
中国の暴走などで万が一、台湾有事となれば、間違いなく日本も最大級の被害を受ける。だが、私たちは押されてばかりではない。日本を含めて多くの国が中国の軍事的脅威に対峙し、中国を抑止するために協力の構えを作っている。たとえば中国軍機群が台湾海峡上空に飛来した日と重なるように、沖縄の南西海域で日米英加蘭とニュージーランドの6か国が初の共同訓練を展開していた。
米空母の「ロナルド・レーガン」「カール・ビンソン」の2個打撃群、英国の空母「クイーン・エリザベス」打撃群、海上自衛隊のヘリコプター搭載準空母「いせ」の4空母が訓練の主体を占めた。カナダ、オランダ、ニュージーランドの艦船も含めた17隻が「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)の理念を掲げて訓練した。
中国にとっては非常に不快であろう。明らかにこちら側の訓練に触発されたのであろう、習氏は中央軍事委員会を緊急招集し、直ちに台湾への圧力を強化せよと指示した。それが中国軍機の台湾海峡飛行の中でも最大規模の4日の56機の展開につながったと言われている。
ここで注目するべき点はその編制である。どんな種類の中国軍機が飛んだかを見ることで、作戦の意図が明らかになる。これまで台湾海峡上空に迫る中国軍機の中で多数を占めていたのが戦闘機だった。しかし10月初旬の大規模飛行では戦闘機や爆撃機に加えて作戦支援機である早期警戒管制機、通信対抗機、電子偵察機、情報収集機、電子戦機、哨戒機などが目立っていた(『東亜』11月号、防衛省防衛研究所地域研究部長・門間理良)。
戦闘機や爆撃機だけの飛行は実戦的ではない。爆撃機は攻撃の的になる。そのために、実戦ならば必ず戦闘機の護衛を必要とする。また現代の航空戦で勝利するには、通信を妨害したり戦闘機を効率よく運用するための早期警戒管制機などの作戦支援機が欠かせない。
つまり中国は実戦を想定して台湾海峡上空に軍機団を送り込んだということだ。日米をはじめこちら側も共同訓練を重ね、抑止力を高めつつある。一方、中国も飽くまでも強気なのである。
全地球をカバー
米国防総省が11月3日、「中国の軍事・安全保障動向に関する報告書2021」を公表した。2030年までに中国は少なくとも1000発の核弾頭保有を目指していると報告された。現在、各国保有の核弾頭はロシアが6255発、米国が5550発、中国は350発とされている。そうした中でこの1000発という数が何を意味するのかを知っておかねばならない。国家基本問題研究所企画委員の太田文雄氏が語る。
「中国はこれまでのカウンターバリュー(対価値)の戦略をカウンターフォース(対軍事力)のそれに変えたと思います」
カウンターバリューとは、ある国の大都市、たとえば米国ならニューヨークやワシントン、シカゴなどを核攻撃することで、政治的にそれ以上の戦争続行を許さない状況を作り出す戦略だ。他方、カウンターフォースは、たとえば米国の大陸間弾道ミサイル(ICBM)の収納サイロを攻撃する戦略だ。ミサイルの精度を高めることで正確に軍事施設を破壊できるため、一般国民の犠牲を減らし、国際社会の非難も和らげることができるという考え方だ。
中国は昨年6月に航法衛星北斗で全地球をカバーできるようになり、ミサイル攻撃の精度を上げた。全米には多数のICBMが多数のサイロに収納されている。それらを封じ込めるためにはより多くの核兵器が必要となる。それが中国の目指す1000発だと、太田氏は指摘する。
中国が核戦力において米国と並び、かつてない程の脅威となれば日米、欧州諸国は大いに苦しむことになるだろう。米国は中露両国と対峙しなければならない事態も起き得る。その場合私たちの状況は想像を超える厳しいものとなりかねない。
そんな状況に追い込まれないように、最大限の知恵を働かせて流れを逆転する時だ。その第一歩は、何としてでも日本国の軍事力を強化することだ。次に沖縄、台湾を守るために、日米協力を飛躍的に強化することだ。第一列島線に中距離ミサイルを配備する。非核三原則を二原則にして、そのミサイルへの米国の核搭載に踏み切る議論を進めよ。