「 バイデンの対中政策に異変あり 」
『週刊新潮』 2021年10月21日
日本ルネッサンス 第971回
米国の対中政策が変化している。「中国とは強い立場」から交渉すると言ってきたバイデン米大統領が、必ずしもその強さを維持できていない。日本にとっては切実な問題である。岸田新政権はこの米中関係の変化を見てとり、全ての面で日本の地力を強める手立てを急がなければならない。
振り返れば、ブリンケン国務長官は上院での指名承認公聴会で、中国によるウイグル人の扱いを「ジェノサイド」と認めた。その厳しい対中姿勢は3月18日、アラスカにおける米中会談での楊潔篪国務委員との烈しいやりとりにつながった。
ブリンケン氏の中国に対する姿勢の厳しさは、バイデン氏の対中姿勢と一致しているはずだ。現にアラスカ会談のひと月前、2月10日に行われた米中首脳電話会談でも、バイデン氏の強気は明らかだった。
米中首脳の初の電話会談は2時間も続いた。双方が発表した情報から、習近平氏が「両国関係の改善」を熱望し、米中協力の必要性を訴えることに時間を割いたことが見てとれる。
習氏が特に強調したのが米中対話の枠組み再構築だった。バイデン政権が人権問題などで強く出てくることは織り込み済みだ。中国は状況が不利な時は時間稼ぎをする。それがハイレベル対話の再開であろう。意思疎通の機会を増やすことで、リスクを管理しやすい状況を作る思惑があったと考えるべきだ。
一方、バイデン氏は、習氏の求める「対話」や「協力」とは距離を置く姿勢をとり、中国が中国封じ込めの枠組みと見て強く反発している「自由で開かれたインド太平洋」戦略の維持が政権の優先事項だと明言した。香港、台湾に対する中国の圧政に関しても、米国の「根本的な懸念」を伝えている。
中国側は米中関係について、「協力」や「対話」という言葉を両首脳の発言として強調したが、米側は「関与」というより控え目な表現にとどまっており、中国の方が米中関係の維持に前のめりだった。
こうした中、4月14日、バイデン氏が重要演説をした。9月までにアフガニスタンから撤退、軍事力を中東からアジアに移し、中国の脅威に対処する方針を明確に語った。そのために、日本を含む同盟諸国の協力拡大を求めた。
2日後の16日に、バイデン氏は就任以来初めての対面首脳会談にわが国の菅義偉首相(当時)を招いた。米国の要請に応える形で菅氏は、自衛隊を強化し、日米同盟をさらなる高みに引き上げ、日米間の協力で抑止力を強化すると語った。国土、文化など主権に関わることについては絶対に譲歩しないとも語った。これらすべては中国を念頭にした発言で、日本政府はルビコン河を渡ったと評価されたゆえんである。
だが、バイデン氏のアフガン撤退作戦はこれ以上ない程、拙劣だった。7月2日、アフガン全土を監視できるバグラム空軍基地を捨てて、米軍は文字どおり夜陰にまぎれて撤退した。タリバンは勢いづき、一気に全土制圧に向かった。
負の効果
丁度この頃、米国務副長官のシャーマン氏が中国の天津を訪れ、王毅国務委員兼外相と会談した。王毅氏は高圧的とも言える対応に終始し、中国側はファーウェイ副会長、孟晩舟氏の釈放を含む対米要求事項の数々を長いリストにして渡した。
米軍のアフガン敗走は、明らかに米国の威信を傷つけ、その負の効果は中国による米国への侮りとなって外交交渉に影を落としている。9月1日、ジョン・ケリー大統領特使(気候変動問題担当)が天津を訪れた。相手はベテランの解振華氏である。ケリー氏はCO2を削減しなければ地球が滅びるとでも考えているような人物だ。米中関係には多くの懸案事項があるが、それらに関わりなく、「世界2大CO2排出国は純粋に協力しなければならないと、中国に懇願した」(9月2日、ウォール・ストリート・ジャーナル紙)。
CO2のことなどほとんど気にしていないのが中国の本音であろう。彼らにとってケリー氏のような環境問題が全てだと思い込んでいる人物はカモである。CO2削減に協力するか否かで条件闘争ができるからだ。予想どおり、中国側は気候変動問題のみを特別扱いにはできない、中米関係全体の中で考える、と冷たく言い放った。このとき中国側は米国に提出済みの「二つのリスト」に回答せよと求めたという。
二つのリストとは、➀米国が必ずやめなければならない誤った言行のリスト、➁中国が重大な関心を持つ重点個別案件のリストである。
前者は、中国共産党員およびその家族のビザ制限、中国の指導者・政府高官・政府部門への制裁、中国人留学生へのビザ制限、中国企業や孔子学院への圧力などについてだ。先述の孟晩舟氏の引き渡し要求も入っている。後者は、中国人留学生の訪米ビザ申請の拒絶などを解除すること等だ。
「貿易戦争で米国に勝利した」
国際社会で米国への信頼が揺らぐ中、9月9日、バイデン氏は習近平氏と2度目の電話会談に臨んだ。中国側は「米国側の求めに応じて」会談したと報じた。会談に応じてやったと言わんばかりだ。
WSJ紙によると、約90分の会談で、習氏はもっぱら米国批判に終始したが、2大国は共に働けるとの楽観的見通しも示した。同紙はバイデン氏は特別の目的を定めて会談に臨んだわけではないが、中国からの輸入品に対する懲罰的関税の削除を交渉してほしいと、米国経済界が圧力をかけていると報じた。バイデン氏の国内政治における立場は苦しく、氏は中国が要求した二つのリストを丸呑みしたと、批判されている。
現に、孟晩舟氏は9月24日に解放された。ファーウェイは中国政府とは無縁の民間企業だという主張だったが、孟氏は中国共産党のシンボルカラーである真っ赤なドレスで深圳の空港に舞い降りた。テレビ局は帰国の模様を生中継し、人民日報は「中国は貿易戦争で米国に勝利した」と狂喜の社説を掲げた。
バイデン政権発足10か月目にして、米中関係は変わりつつある。10月4日、米通商代表部のキャサリン・タイ代表が「米中貿易関係の新戦略」に触れ、翌5日にはシンクタンクでの講演でこう語っている。
「米中の経済切り離し(ディカップリング)は非現実的だ。より建設的なリカップリングが必要だ」
8日、タイ氏は劉鶴副首相とリモートで話し、両者は、米中貿易はより強化されるべきだと合意した。年内に米中首脳会談がリモートで行われることも発表された。
米中の動きを時系列で辿れば、バイデン政権が徐々に後退しているのが明らかだ。中国の無法やジェノサイドは許さない、という米国の気概が失われつつある。日本よ、岸田首相よ、しっかりしなければ国を守れないぞ。