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2021.06.03 (木)

「 急げ、国難の中でのワクチン接種 」

『週刊新潮』 2021年6月3日号
日本ルネッサンス 第952回

「7月末までに高齢者全員のワクチン接種を完了させる」

菅義偉首相の掛け声で、全国一斉に高齢者から順に接種が始まった。東京都港区の住人である私は5月22日、区民センターで1回目の接種を終えた。港区の接種は5月17日に始まったが、区民センターでの接種は22日が初めてだったそうだ。区も慣れていないせいか、あちこちに改善の余地がある。

私の予約は12時半だった。30分前に到着すると係員が4階の待合室に誘導してくれた。20人ほどが待っており、接種券、問診票、身分証明書をすぐに出せるように膝上に準備している。

予約は15分毎のようだ。12時の人たちはすでに接種会場に移動したのか、待合室は人の動きも会話もなく至って静かだった。見回すと、ワクチンを受けに来ている区民と同じほどの人数がお揃いのTシャツを着て立ち働いている。

10分ほど待ったところで、「12時15分の方、どうぞ」と指示があった。二つの書類受付の机に向かって数人が立ち上がった。すると、「二人ずつです」と制する声が聞こえて何人かが戻された。少し距離をあけて並べばよいだけなのに、わざわざ椅子に戻されてしまった。

そして次の二人が書類受付に行くと、一人の男性が間違えて一日早く来ていたことがわかった。

「すみません、明日またいらして下さいね」

丁寧な断りの言葉にスゴスゴと引き下がる男性。かわいそうに。折角来たのだ、一人くらいいいじゃないか、と私は大いに同情した。

日本はいま国難なのだ。一日でも一時間でも早く、より多くの人にワクチンを行き渡らせたいと、政府は必死で出来る限りの支援をしている。たとえば接種費用は全て、国持ちである。ワクチンの代金は無論、医師・看護師をはじめ、被接種者の誘導・整理に当たる人員に関わる人件費、被接種者の送迎バスなどの費用、会場作りに必要なパーティション、椅子、デスクに至るまでおよそ全ての費用を国が負担する。一日も早くコロナの勢いを止めて、通常の生活を取り戻すための費用だ。形は政府全額負担であっても、結局は国民負担となる。だからこそ、地方自治体は最高に効率よく仕事を進めなければならない。

それなのに一体どうしてこうなるの、と思いながら待っていると、「12時半の方」と呼ばれた。私は前の人たちと同じように書類を出し、次の部屋に導かれ、ここでまた驚いた。前の部屋より更に多くのTシャツ軍団が目に入った。強調したいのは、この人たちは皆優しく丁寧な人たちだということだ。床にテープを貼っているところでは、「お足下に気をつけて下さい」と一人一人に注意もしてくれる。けれど、それと同じく大事なことはどんどん接種してくれることなのだ。

杓子定規

ここで再度書類を見せる。予約表と突き合わせて本人確認をし、確認が済むとその人の名前は黄色いマジックで塗られていく。こうして間違いのないようにチェックされたあとは、再び距離をとって並べられた椅子に座るよう指示され、再び待つ。全部で十数人。これが12時半の予約者全員なのかしら。

部屋の奥には机が三つ、それぞれ二人、白衣を着た人がついている。医師と看護師であろう。すぐに接種が始まるのかと思ったが、何も起きない。机の前の三組の医師らと2メートルほどの間隔のところに私たち区民がいる。二つのグループはお互いを視線の中にとらえ合う形で黙って座り続ける。ワクチンは揃っていても、また、打ち手の医師不足がいわれる中で、折角このように医師を配置できていても、十分に活用できていない。

絵に描いたような手持ち無沙汰が続く。5分たっても6分たっても、誰も動かない。壁の時計は12時半にまだあと10分も残している。そのとき私はようやく理解した。予約時間が来なければ、区民が待っていようと、医師や看護師全てが揃っていようと、ワクチンは打たないのだ。

杓子定規と四角四面のお化けが支配する空間で、物事はそのとおりに動いていった。12時半少し前になって、男性が三つのブースの医師各々に歩み寄って「では再開します」と小声で告げて回る。小さな声でも、聞こえてしまう。そしてようやく接種が始まった。

どうしてこんなふうになるのか。少しばかりこみ上げてきた怒りの中で、私はワクチンを打って貰った。女医さんも看護師さんも優しく、注射の打ち方は上手だった。痛みなど全くない。そして私はついに最後の部屋に導かれた。ここで15分間待機するのである。

この部屋では、看護師さんが一人一人に「お具合は如何ですか」と尋ねて回っている。私は彼女に少し話を聞いた。沢山いるスタッフの殆どが派遣で来ている人たちであること、彼女自身も派遣看護師であること、現場に港区の職員は、いるとしても少数であることなどだ。

弛緩した雰囲気

ようやく納得した。最初の受付で、女性がお年寄りの一人に予約日が違うため出直すように言ったのは、彼女はそうするしかなかったからだろう。「折角来たのですから一日早いけれど、今、打ちましょう」と、普通なら判断するが、そのような決定権は彼女には与えられていなかったのであろう。

区の職員が現場におらず、派遣の人々に任せきりの面があるのではないか。港区も一所懸命なのだろうが、こんなやり方では日が暮れる。国が全てのコストを引き受けるからと言って、こんな効率の悪いやり方は、断固改めるべきだ。

但し、私の体験は東京港区に限られる。地方自治体によっては非常に効率よく接種を進めているところもある。だから今回の一回限りの体験が全てだとは思わない。港区だって3週間後、2回目のワクチン接種のときまでには経験を積んで大いに改善していることだろう。そう信じているが、それでも港区のこの弛緩した雰囲気はどうしたことか。

東京と大阪で自衛隊による集団接種が始まった。政府が、最後の拠り所である自衛隊を駆り出したのは、医師会も十分には動かず、地方自治体の動きも鈍いこの状況を、何とか危機モードに切り換えたいという思いゆえではないか。国が必要な全費用を持つ。地方自治体も必死でワクチン接種を進めてほしい。国と自治体と国民が一緒になってこの国難を乗り切っていきたいという思いであろう。

台湾ではウイルス感染が急増し、蔡英文総統がIT担当大臣のオードリー・タン氏に命じ、タン氏は3日で個人の行動履歴を把握する仕組みを作り上げた。政府が国民の個人情報を握り、防疫に活用する。国民はおよそ誰も反対していない。全員でコロナと戦おうとする台湾国民の危機感にこそ学びたい。

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「 急げ、国難の中でのワクチン接種 」

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