「 国会議員は中国の香港弾圧に物申せ 」
『週刊新潮』 2019年12月5日
日本ルネッサンス 第879回
11月24日の香港区議会(地方議会)議員選挙は民主派勢力が全18区で圧勝した。452議席中約85%の385議席を獲得、投票率は過去最高の約71%だった。香港人の究極の危機意識が反映されている。
6月以来、香港政府とその背後の北京政府が香港人の要求を退け弾圧し続けた中で、香港は中国ではないと主張する民主派の勝利は当然である。しかし、選挙結果を詳しく見ると、香港の未来は楽観できない。
まず、総得票数だ。民主派の約168万票に対して親中派は124万票を獲得した。議席数で民主派は圧勝したが、得票数では約4対3に迫られている。香港には大陸から移住者が日々流入しており、その数は1日当たり150人に限定されている。単純計算すれば香港の中国返還以降の22年間に120万人以上の中国人が移住してきたことになる。移住はそれ以前から始まっており、香港で暮らす大陸中国人の数はこれより多く香港人口の20%程と推測される。その一方で「人民日報」はかつて同40%が大陸中国人だと書いた。香港は人口面で大陸人に深く侵食されているのである。
次に注目すべき点は、自由で民主的な選挙では中国共産党は逆立ちしても勝てないという事実だ。民主派にとって自由選挙が如何に重要か、逆に言えば独裁専制体制を維持したい中国共産党にとって自由選挙こそ受け入れ難い挑戦なのである。
勝利した香港人は、周知のように五大要求を掲げ続けている。逃亡犯条例改正案の完全撤回の要求は実現したが、自由選挙導入を含む残り4項目を中国共産党は容易には受け入れないだろう。
2022年には行政長官の選挙がある。今回選ばれた地方議員はたとえば学校管理、ゴミ処理など地域の行政に関わるが、本来の権限は小さい。対照的に北京の中央政府に直結する行政長官は香港の根本政策の決定者だ。香港政庁のトップ人事の選択を自由選挙に委ねて共産党の意に反する結果を招くことなど、習近平主席は決して許さず、香港人が求める自由をあらゆる力で砕き去ろうとするだろう。
長い闘いの始まり
G20外務大臣会合に出席のため来日した中国の王毅外相は25日午前、安倍晋三首相との会談を終えて、官邸で記者団にこう語っている。
「何が起きても香港は中国領土の一部で、中国の特別行政区であることは明白だ。香港を混乱させ、香港の繁栄と安定を傷つけようとするいかなる試みも絶対に達成されない」
氏の表情の硬さが、香港人の勝手は許さないという決意を表わしているかのようだった。
安倍首相は王氏との会談で、尖閣諸島問題、福島第一原発に関連した日本産食品の輸入規制、日本人の拘束事案に加えて、「一国二制度の下で、自由で開かれた香港の繁栄が大事だ」と問題提起した。
率直に日本の立場を主張して、中国に対処を求めたことは評価したい。ただ、中国が尖閣問題で日本に譲ることも一国二制度の下で香港に自由と繁栄を与える保証も全くない。民主派の大勝利は長い闘いの始まりにすぎず、香港情勢はこれから幾つもの山場を迎え状況は悪化するだろう。
選挙で惨敗した香港行政長官の林鄭月娥氏は求心力を失い、香港への北京政府の介入が強化されるのは時間の問題であろう。即ち、北京政府VS.香港住民の対立、両者の直接対峙の構図がより鮮明になると考えてよい。そのとき習氏が取るであろう政策の基本形は、習氏のウイグル人に対する厳しく残酷な手法から読みとれるのではないか。
11月16日、「ニューヨーク・タイムズ」紙は、イスラム教徒のウイグル人に対する中国政府の弾圧政策に関する400ページを超える内部文書をスクープした。「絶対に容赦するな」という習氏の指示が明記された内部文書は、新疆ウイグル自治区に香港の影響が及ぶのを恐れて自治区の役人に配布されたという。ウイグル人学生の扱い方と共にウイグル人の徹底監視、再教育、弾圧、人間改造・ウイグル人であることを諦めさせ漢民族と中国共産党に忠実な人間へと精神を入れ替えさせる・具体策が明記されている。
間もなく冬休みで、北京など大都市で学ぶウイグル人学生が新疆ウイグル自治区の家族の待つ家に戻ってくる。だが彼らは故郷で空っぽの自宅を発見するに違いない。中国共産党が200万人ものウイグル人を収容所に連行してしまったからだ。
学生たちは当局に尋ねるだろう・私の家族はどこにいるのか、と。内部文書は家族の消息を知りたがる学生たちに以下のように答えよと指示している。
自由なき安寧
「政府の訓練学校で学習中だ。生活環境は非常によい。学費、食住の費用負担もない。一人当たり毎日の食費に標準より高い21元以上かけている。何も心配はない」
右の説明はおよそ嘘ばかりだ。ウイグル人収容所は不潔で身体的暴力、心理的圧力、食事の貧しさなど、どれをとっても人道に悖(もと)ることについて数多くの証言が得られている。
学生たちが当局の説明に納得せず、もっと知りたがる場合、監視の役人は、「お前たちの家族は犯罪者ではないが、訓練学校を出ることはできない」と伝えよと指示されている。学生が食い下がれば、「お前の行動次第で家族や親戚の拘束期間は短くも長くもなる」と、恫喝する。
ウイグル人弾圧の手法は、多少の違いはあってもモンゴル人にもチベット人にも適用された。習氏と共産党の、香港人に対する考え方も基本的には変わらないだろう。香港人の未来はこのままでは厳しい。彼らが中国共産党にひたすら従えば、自由なき安寧が与えられるかもしれない。しかし、自由と民主主義への希望は砕かれ続ける。
習氏の政策は中国以外の国々では非難の的だが、中国国内では様子が異なる。正しい情報が国民に伝えられない中で、一般の中国民衆はウイグル人や香港人が悪いと見做し、習氏の弾圧政策が支持されているのも現実だ。
だからこそ、いま、日本政府の姿勢が問われているのだ。中国は隣国であり、経済大国だ。普通のつき合いができるのが一番よい。しかし安倍首相の問題提起があっても、尖閣諸島への侵略的アプローチは全く止まない。北海道大学の岩谷將(のぶ)教授は解放されたが、今も日本人9人がスパイ容疑で拘束されている。米中貿易戦争の状況が変われば、中国がまたもや反日に転じることも十分考えられる。資金、人口、軍事力をフルに活用する中国は限りなく賢い。言いかえれば狡猾である。その中国に日本はいま、自由と民主主義の国として声を発しなければならない。政府とは別に、国会こそ中国に強い警告を発する責任を果たせ。