「 中国国防白書、対米戦勝利への決意 」
『週刊新潮』 2019年8月8日号
日本ルネッサンス 第863号
中国が7月24日、4年ぶりに国防白書、「新時代における中国の国防」を発表した。米国への強烈な対抗意識を剥き出しにした同白書は、2017年12月、トランプ大統領が発表した「国家安全保障戦略」、続く19年1月に米国防総省が発表した「中国の軍事力」の報告に、真っ向から対抗するものだ。
トランプ政権は中露両国を米国の安全と繁栄を侵蝕する脅威だと定義した。国際法や戦後の世界秩序を否定して、力で現状変更を試みるのが中国を筆頭とする国々だと名指しで非難し、米国主導の体制を守り通さなければならないと謳い上げたその米国に、中国が立ち向かっているのが今回の白書である。
同白書は、新時代の中国の国防は習近平国家主席の「強軍思想」に全面的に従うことによって成されるべきだと繰り返し、強調している。
「戦えば必ず勝つ」強い軍を作るために高度の技術革新を行い、情報化を徹底して「軍事革命」を完遂することを掲げている。
目標は2020年までに戦略構築能力を顕著に磨くこと、35年までに軍事戦略、軍組織と人材、武器装備体系の近代化を成し遂げること、21世紀半ばまでに世界最高水準の軍を創ることである。
習氏はなぜ、このようにあからさまに軍拡を強調するのか。理由のひとつは、国内政治基盤が盤石ではなく、強気の政策で求心力を高めなければならないからだとの指摘がある。習氏の強気の構えが、白書では軍拡の責任をすべて米国に押しつける形となって表れている。以下のように、米国が一方的な軍拡路線を突き進んでいると非難するのだ。
「米国の挑戦で主要国間の競合が激化した。米国は核能力を増強し宇宙、サイバー、ミサイル防衛を進め、世界の戦略的安定を損ねている」
そもそも国際社会の軍事的緊張は、中国が過去30年間、世界史の中でどの国も行ったことがないような大軍拡を続けてきたことに起因するとの自覚はどこにも見られない。
「一番ダーティな仕事」
台湾情勢についても、台湾が「米国の影響」を虎の威のように借りて頑強に独立を志向している、と中国は断ずる。台湾は92年合意を認めず、中国との関係を切り、独立を手にしようとする。憎悪の対立を深めるこれら分離主義者は中国の安定を最も深刻かつ直接に脅かすと、言葉の限り、非難している。チベット独立、東トルキスタン(ウイグル)独立も中国の安全保障と社会の安定において同様に脅威だと非難する。
米国を秩序と安定を乱す勢力として厳しく責めるのとは対照的に、中国自身の軍事力はあくまでも防衛と平和維持のためだと言い張るのだ。
たとえば第一章の「国際安全保障の状況」の中では、「アジア太平洋諸国は運命共同体の一員としての自覚を強めている」として、南シナ海の情勢をバラ色に描いている。
「南シナ海情勢は安定しており、沿岸諸国のリスク管理は適切になされ、相違は超越され、均衡と安定、開放性を備えたアジア安全保障の枠組みに多数の国々が包摂されている」という具合だ。
他国の島々を奪い続ける中国に不満を持ちながらも、弱小国であるが故に十分な抗議ができないベトナムやフィリピンを持ち出すまでもなく、南シナ海情勢が安定しているとは、中国以外の国々は考えないだろう。
ここで私は、静岡大学教授の楊海英氏が雑誌『正論』9月号で語った言葉に深く納得する。氏は「中国という国はいつも世界で一番美しい言葉を使って一番ダーティな仕事をします」と喝破したのだ。
中国の内モンゴルに生れた楊氏は、モンゴルの人々が中国共産党から受けた信じ難い迫害の詳細な調査を長年続けてきた。だからこそ氏の中国観察には真の力がある。中国の国防白書には楊氏が指摘したように、背後に暗い闇を隠した美しい言葉がちりばめられている。
再度南シナ海を見てみよう。日本のタンカーは石油を満載してホルムズ海峡からインド洋を東進し、マラッカ海峡から南シナ海南端部に入り、台湾海峡またはバシー海峡を通って日本に到達する。
日本の生命線の一部である南シナ海を、中国は均衡と安定を特徴とする開かれた海だと白書に謳った。だが、約ひと月前の7月2日、中国は同海域で対艦弾道ミサイル東風(DF)21Dと、東風(DF)26の2発を発射した。対艦弾道ミサイルは中国だけが配備する特殊な兵器だ。
中国大陸から発射されたDF21Dに関しては、江蘇(こうそ)省南京と広東省韶関(しょうかん)に各々一個旅団が配備されている。射程は1500キロ、南シナ海全域はカバーできないが、空母キラーと呼ばれて恐れられている。
台湾の次は尖閣と沖縄
なぜ、空母キラーか。DF21Dはイージス艦に搭載される弾道弾迎撃ミサイルのSM3なら撃ち落とせる。だが、イージス艦に搭載できるSM3の数は限られており、中国が同時に多数のDF21Dを発射すれば、防御は困難で空母への大きな脅威となるのだ。
DF26も脅威だ。射程4000キロで、南シナ海全域をカバーする。無論、日本も射程内だ。核弾頭と通常弾頭の両方を搭載可能で、彼らはこれをグアムキラーと呼んでいる。
中国軍は彼らの最新兵器であるこの東風ミサイルを正確に撃ち込むために、ゴビ砂漠に空母を象(かたど)った目標を建築し、日々、訓練したという。
こうして見ると、「南シナ海情勢は安定」という中国の主張は、南シナ海が中国の支配する海になりかけているという意味だと思えてくる。万が一、そうなった場合、日本のタンカーも商船も負の影響を受けずには済まないのは明らかだ。
南シナ海の東北の出入口に当たる台湾はどうか。習氏は今年1月、台湾は香港と同じく「一国二制度」を受け入れよ、台湾独立の動きには軍事力行使の選択は除外できないと演説したが、まったく同じ主旨が白書にも明記された。
「何者かが台湾の分離独立を目論むなら、いかなる代償も惜しまず、国家統一を守る」と、蔡英文台湾総統に向けて、青白い炎のような恫喝を放った。台湾が中国の手に落ちれば、次は尖閣と沖縄であり、長崎県五島列島だと考えなければならない。
中国の白書は実に多くの警告を日本に突きつけている。中国は米国と全力で覇を競い続けるだろう。当面中国に勝ち目はないが、中・長期的に、仮に中国が覇者となったとして、その支配する世界は日本やアジア諸国にとって不幸のどん底の世界になるだろう。一国二制度の実態も、民主主義を約束する中国の言葉の欺瞞性も、私たちは既に知っている。
だからこそ、我が国は米国との協調を密にし、一日も早く、軍事を含むあらゆる面で日本自体の力を強化しなければならない。