「 日本の歴史をどれだけ深く学ぶかによって近未来を切り開く道が自ずと明らかになる 」
『週刊ダイヤモンド』 2019年6月29日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 最終回
安岡正篤氏は首相まで務めた宮沢喜一氏を「ヨコの学問はできてもタテの学問がなっていない」と評した。安岡氏は、真の教養ある日本人は欧米の事情のみならず日本の文化文明、歴史を修めなければならないと言っているのである。
その意味で近年読んだ本の中でとりわけ重要だと感ずるのが白鳥庫吉博士の書いた日本史である。当欄でも以前に少し触れたことがあるが、大正3(1914)年に開設された「東宮御学問所」で時の皇太子、裕仁親王に日本史を教えるために白鳥博士が書いた5巻に上る書である。いま『昭和天皇の教科書 国史』(以下『国史』、勉誠出版)として手にすることができる。
同書に特別の関心を抱くのは、米国の変容に始まり、国際社会が大激変する中ですべての国々が如何に国益を守り通すかに心を砕かざるを得ない時代に突入しているからだ。米中対立の日本への影響はとりわけ強い。だからこそ、日本自身が足場を固める必要がある。経済と安全保障は無論だが、その前に安岡氏のいう「タテの学問」が欠かせない。日本人は自らをどのような民族としてとらえるか、日本の歴史をどれだけ深く学ぶかによって日本の近未来を切り開く道が自ずと明らかになる。歴史の学びこそ重要だ。
『国史』は歴代の天皇を軸にして描いた歴史だ。歴代の天皇には各々特徴があるが、共通項は国柄継承の主軸を担ったことだ。遠い過去の天皇たちは国家や社会、国民の暮らしと具体的にどう関わっていたのか、周囲の国々や異民族とどう接していたのかなどが『国史』には実例に則して記されている。それは巧まずして日本の国柄をわかり易く現代に伝える結果となっている。
前述したように、世界は激しく変化し、前例が通じにくくなってはいるが、その中にあっても日本国の長い歴史や文化、即ち、国柄を構成する価値観に基づいて対処すれば大きく間違うことはないだろう。
日本の国柄の基本は、世界一長い歴史をもつ皇室をいただく伝統の国だという点にある。そこから生まれる価値観こそ大事にしたい。令和の時代のいま、社会も国も水平思考で、皇室の特別扱いには異論さえある。だが、皇室が日本人にとって特別かつ大切な存在であることに変わりはない。福澤諭吉は『帝室論』で「一国の帝王は一家の父母の如し」と書いた。皇室の力は安らぎをもたらす緩和力である。その皇室を、国民は敬愛の情でお守りしなければならないと、福澤は説いた。
『国史』には福澤の視点と対をなす、皇室の国民に対する視点が次のように書かれている。日本国の特徴は、天皇が日本国を「大きな家族」と見做し、「君と民とがおだやかに和して国の基礎を強く固め」ていることだ、と。
天皇の慈しみは日本に移り住んだ異民族にも同様に注がれる。天皇は、「(異民族を)従来の国民と同様に慈しみ、両者が溶け合って円満な国づくり」を実践したと『国史』は述べる。右の精神は第一次世界大戦後のヴェルサイユ会議で日本が人種差別撤廃を主張したこととも、対米開戦の理由ともなった米国での日本人排斥運動への憤りとも、通底するのではないか。
日本の政情が概して安定しているのは天皇と皇室が高い次元からすべての人々を公平に見て下さることにあるのではないか。ただ、歴史上、天皇や皇室発の争いも確かにあった。それを『国史』は蘇我一族の横暴な振舞いを例にして、どんな時も天皇は一氏族のみを寵愛してはならないと戒めている。
皇室と国民の絆、人種の平等、究極の公正さなどの教えが各天皇の行動に沿って綴られた本書が、いま一押しの書である。
さて、25年間にわたった連載は今回で終了する。読者の皆様には深く心からのお礼を申し上げたい。編集部の方々にも深く感謝申し上げる。