「 原発輸出を助け、技術を継承せよ 」
『週刊新潮』 2019年1月31日号
日本ルネッサンス 第837回
日本国の土台のあちこちが液状化し始めているのではないか。危惧すべきことの筆頭が中央省庁の官僚の劣化である。
厚生労働省の勤労統計調査が15年間も不適切に集計されていた。同統計は月例経済報告など政府の経済分析に関わる基幹統計で、雇用保険の失業給付もこれを基に算定される。それが2004(平成16)年以降ごまかされていたというのだ。
従業員500人以上の事業所は全て調査しなければならないところを、東京都の場合、対象事業所1400社の内、実際に調査していたのは約3分の1にとどまる。悪質なのは、全数調査に見せかけるために、統計上の処理が自動的に行われるようプログラミングした改変ソフトまで作成されていたことだ。当事者たちは不正をよく認識していたのだろう。
この悪しきごまかしは04年度の自民党小泉政権のときに始まり、民主党政権時代も経て、現在の安倍政権で見つかったということだ。
国の政策の基礎となる統計をごまかすとは、誇り高かったはずの日本の中央省庁は中国並になりつつあるのか。政権が代わっても、日本は官僚が優秀だから揺るぎないと言われた時代は、過去のものだというのか。
米国では政権交代の度に公務員が入れ替わる。重要な地位にある人ほど交代する。日本では自民党政権でも民主党政権でも官僚はほぼ代わらない。だからこそ中央官僚は責任をより深く自覚しなければならない。彼らが国家国民に対する責任を果たそうとせず、隠蔽やごまかしに走れば、日本の未来は確実に蝕まれる。
官僚の無責任と政治家の無責任が重なり合えば、事態は絶望的だ。いまそのような危機が生じているのがエネルギー政策、電力政策である。
気概無き政治家
産業基盤も民生の安定も、電力の安定的供給に大きく依存する。電力の安定供給が断たれたとき、たとえば昨年9月、北海道地震で何が起きたか。全道が電力停止(ブラックアウト)に陥り、畜産農家の乳牛の3分の1が死ぬなど、損害を蒙った。当時の、泊原子力発電所が稼働していれば全道ブラックアウトなど起きなかっただろう。だが、泊原発を再稼働させよという声は出てこなかった。
なぜか。まず政治家は、票にならないどころか、落選の要素にさえなりかねない原発問題で発言などしないからだ。気概無き政治家の下では、資源エネルギー庁や経済産業省の官僚も身の安全を優先し、発言しない。原発反対の日本のメディアの多くは泊原発が存在することさえ報道したくないようで、実質無視した。
現在、日本の原発は、原子力規制委員会の不条理な規則によって、動けない状況下に置かれている。国のエネルギー計画にも原発についての明確な方針は盛り込まれず、再稼働は進まず、新設は計画さえされない。
これでは、日本の原発技術者は働く場所を失う。技術の継承が止まり、原子力産業は基盤を失う。わが国はエネルギー供給の安定性を失い、産業基盤は崩壊する。停電が度重なり民生は不安定化し、世界の潮流とは真逆にCO2を大量に排出し続ける。
それでも政府は問題の本質に向き合おうとせず、ごまかしの一手を打った。高速増殖炉「もんじゅ」の件である。政府は16年12月、もんじゅの廃炉を決定し、フランスの次世代高速炉「アストリッド」の開発に協力することで技術継承を可能にすると説明した。
東京大学大学院教授の岡本孝司氏は、そもそももんじゅとアストリッドでは目的やシステムが異なると、指摘する。もんじゅは発電しながらプルトニウム燃料を生産するが、アストリッドは発電ではなく高レベルの放射性廃棄物処理のための設備だ。
アストリッドで日本の高速増殖炉技術を継承すると強弁したのは、日本の技術断絶への懸念や、そのことへの批判を封じるためだったのであろう。その証拠に、18年11月、フランス政府がアストリッド計画の凍結を伝えてきたとき、エネ庁も経産省も後継炉をどうするのかについて説明さえしなかった。高速増殖炉の技術を、日本はこのまま放棄するのか。
国内で原発技術を継承できなければ海外にプラント輸出して、輸出先で日本人技術者を温存すればよいとも、政府は説明する。しかし、その道もいま、閉ざされつつある。
今月17日、日立製作所が、イギリスのアングルシー島で進めていた2基の原発新設計画を凍結する方針を発表した。総事業費約3兆円のうち、2兆円を英国側が負担し、残りは日立と日本の電力会社、英国企業の三者が出資して補う計画だった。それが今回、日本で資金が集まらず、断念せざるを得ないという。
原発建設のコスト
日本の原発輸出はおよそ悉(ことごと)く挫折している。三菱重工のベトナム及びトルコへの原発輸出も厳しく、日立のアラブ首長国連邦(UAE)への輸出は韓国に奪われ、リトアニアへの輸出も凍結された。これ以上、後退する余裕は日本にはない。ここで政府が後押しするべきだ。
日本政府が動かないのは、政府もメディアも、従って世論も、海外における原発建設のコストについて誤解しているからではないか。東京工業大学特任教授の奈良林直氏が説明する。
「日本では原発1基の建設費は数千億円、それが生み出す電力は数兆円で、メーカーのリスクは低いのです。一方、海外では原発建設費とその後の数十年の設備維持費、人件費を含む費用の合計、つまり総事業費の交渉となります。ここをごちゃまぜにして数兆円に膨らんだなどとメディアが報道し、結果、政府も企業も尻込みし、世論も反対に傾くのです。建設費と総事業費を峻別することが大事です。そのうえで総事業費は政府が債務保証しなくては輸出は進みません。UAEで日本が韓国に敗れたのは、韓国政府が債務保証をしてわが国政府はしなかったからです」
政府の後押しなしには海外での競争には勝てないのである。
いまわが国は膨大なお金を太陽光発電に費やしている。総発電量のわずか5%しか供給できていない太陽光発電に、今年度私たちは電力料金に上乗せして3.1兆円を支払う。固定価格買い取り制度の下、太陽光発電はまだ増えるため、太陽光電力には2050年度までの総額で90兆円を支払うと予想されている。こんな膨大な額を、国際標準よりはるかに高い太陽光電力に払うことは合理的なのか。
日立の原発輸出に必要なのはわずか9000億円だった。原発輸出を国益の視点でとらえ、政府は支援に踏みきるべきであろう。
世界原子力協会は、50年までに世界には1000基の原発が稼働し、うち200基が中国だと予想する。世界は脱化石燃料で原発に移行しているのだ。日本は全力でわが国の原子力産業の崩壊を防ぐべきだ。