「 米中対立、中国の逃れられない弱み 」
『週刊新潮』 2018年11月22日号
日本ルネッサンス 第828回
11月9日にワシントンで米中外交・安全保障対話がもたれた。米国側からポンペオ国務長官、マティス国防長官、中国側から楊潔篪(ようけっち)共産党政治局員、魏鳳和(ぎほうわ)国防相が参加した。
この閣僚会議は、昨年、習近平主席が米国を訪問した際に、トランプ大統領と合意して設置したものだ。昨年6月に第1回目が開かれ、今回が2回目となる。
ポンペオ氏が、「米国は中国との新冷戦を望んでいないし、封じこめるつもりもない」と発言し、楊氏が「中国は改革と平和発展の道にとどまり続ける」と答えたこの対話は、互いに関係を損なわないよう、相手の意図を探り合い、それなりに繕ったことを窺わせる。しかし、内容に踏み込んでみれば、現在の米中関係の厳しさは明白だ。
明らかな対立点は、南シナ海、台湾、人権、北朝鮮の各問題である。南シナ海問題では米国側は中国による島々の軍事拠点化に強い懸念を示した。国務省はメディア向けの説明の中で、以下のように重要なことを明らかにしている。
「米国は、中国が南沙諸島の人工島に配備したミサイルシステムを取り除くよう要求し、全ての国々は問題解決に強制や恫喝という手法をとってはならないことを確認した」
中国がフィリピンなどから奪った南沙諸島を埋め立てて軍事拠点を作って以来、このようにミサイル装備を取り外せと具体的に要求したのは、恐らく初めてだ。トランプ政権が一歩踏み込んで要求したと見てよいだろう。
そのうえで、米国側は従来どおり、国際法に基づいて南シナ海の航行と飛行を続けると明言している。
これに対して楊氏は、南シナ海に配備した施設の大部分は民間用だと、白々しくも主張し、米国が「航行の自由」を掲げて軍艦を派遣するのはやめるべきだと反論している。
異常に男児が多い
台湾問題について、中国が台湾と国交を結んでいる国々に働きかけ、次々に断交させて台湾を孤立させている手法を、米国は批判した。すると、楊氏は「台湾は中国の不可分の領土の一部だ」と主張し、魏氏も「中国は如何なる犠牲を払っても祖国統一を維持する。米国が南北戦争で払ったような犠牲を払ってでもだ」と強い口調で語っている。
南北戦争は、1861年から4年間も続いた激しい内戦だった。犠牲者は60万人以上とされる。それ程の犠牲を払っても、中国は台湾の独立を許さないと力んだのだ。
イスラム教徒であるウイグル人に対する弾圧、虐殺についても米中両国の溝は全く埋まっていない。北朝鮮の核に関しても、明確な核の放棄までは北朝鮮に見返りを与えないとする米国と、核廃棄と援助を同時進行で行い条件を緩和することもあり得るとする中国側の立場は、完全に合致することはない。
11月末に予定される米中首脳会談への瀬踏みの米中閣僚会議だったが、両国の基本的対立が解決に向かうとは思えない。
習主席は、自身にその力さえあれば、終身、中国の国家主席の地位にとどまることができる道を開いた。選挙によって指導者が入れ替わる民主主義国と較べて、優位に立っていると、習氏は思っているであろう。だが、11月の中間選挙でトランプ氏の共和党が下院で民主党に過半数を奪われ相対的に力を弱めたとはいえ、民主党は共和党よりはるかに保護主義的で人権問題にも厳しい。トランプ政権以降に希望をつなぐのは早計というものであろう。
10月4日にペンス副大統領が行った演説の対中批判の厳しさについては、10月18日号の本誌当欄でもお伝えしたが、米国で超党派勢力が結束して中国に本気で怒っている理由は、習氏が高らかに謳い上げた「中国製造2025」という大目標にある。
中国は経済的にも軍事的にも世界最強の国となり、科学、技術の全分野において世界最先端の地位を確立すると誓った。だがそのための手段は知的財産の窃盗であり、騙しであり、恫喝に他ならない。こんな不公正な中国に、世界最強国の地位を明け渡してはならない、という米国の闘争心が掻き立てられたのだ。
中国が米国に取って代り、中国風の支配構造の中に組み込まれることなど、我々日本にとっても願い下げだ。だが、そんな時代は恐らくやってくるまい。
フランスの歴史人口学者、エマニュエル・トッド氏は今年5月、シンクタンク「国家基本問題研究所」創立10周年の記念シンポジウムで、全世界の人口学者の一致した見方だとして、中国は基本的に異常事態の中に在ると、以下のように語った。
長年の一人っ子政策と女児よりも男児優先の価値観により、中国では女児100人に対して男児118人が生まれている。通常の100対105乃至106に較べて異常に男児が多い。結果、人口学的な不均衡が生じ、現時点でも3000万人の男性が結婚相手を見つけることができないでいる。
「非常に脆い国」
他方中国の教育水準は全体的に見れば低く、若い世代の高等教育進学率は6%だ。日本や欧米先進国のそれに較べれば非常に低い。
人口の出入りで見ると、すべての欧州諸国、加えて日本も、流入人口が流出人口を上回っている。だが中国は違う。中国の統計は信頼できない面もあるが、通常使われる数字によると、毎年150万人が中国から外国に流出している。彼らの多くが中国には戻らない。だが流出する彼らこそ、中国人の中で最も活力があり、開明的な人々である。
トッド氏が結論づけた。
「こうして考えると、中国は大国ですが、非常に脆い国なのです。将来的に危機を回避できない国であると、考えています」
北京発、原田逸策記者の非常に興味深い記事が11月10日の「日経新聞」に掲載されていた。中国が産児制限の撤廃を検討中という記事だ。中国の現在の出生率1.3が続くと、今世紀末までに中国の総人口は現在の13億人強から約6億人に半減する。他方、現在3億2000万人の米国の総人口は4億5000万人に増えるというのだ。
となると、習氏が高らかに謳い上げたように、2030年前後までには経済(GDP)で米国を追い抜くことができるとしても、今世紀後半には再び逆転される可能性があるという。
日本は米中の戦いに、そこまで考えて対処しなければならない。日本の選択は短期的に見て米国との協調、同盟路線を続ける以外にないのだが、中・長期的展望を考えてみても、やはり答えは同じになる。
隣国中国とのつき合い方は、中国が共産党一党支配をやめない限り、最大限の警戒心を持って対処するということに尽きる。