「 韓国の徴用工問題の背後に広がる深い闇 ネット媒体も駆使して実態を伝えたい 」
『週刊ダイヤモンド』 2018年11月17日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1256
ネット配信の「言論テレビ」を始めてよかったと思うことがふえている。本が好きで、雑誌も新聞も紙で読むことが一番しっくりする私でさえも、ネットの力、その可能性に驚かされる毎日である。
11月2日に配信した言論テレビの2時間の特別番組では韓国大法院(最高裁)判決を論じ、多くの視聴者に届けた。元徴用工問題に関する韓国側の判決は周知のとおり、日本企業(新日鐵住金)に戦時中、非人道的で不法な労働を強要されたと訴え出ていた労働者4人に4億ウォン(約4000万円)の支払いを命ずるものだった。
1965年の協定によって、請求権問題は「完全かつ最終的に解決された」のであり、日本にとっては受け入れられない判決だ。
加えて、安倍晋三首相が国会で明言したように、原告4人は元徴用工ではない。これは朝鮮問題専門家でシンクタンク「国家基本問題研究所」の研究員である西岡力氏が、韓国大法院の資料を読み解く中で発見した。
朝鮮半島の人々を日本企業が募集し始めたのは1939年である。徴用は44年9月に始まり、翌年3月頃まで約半年間続いた。注目すべきことは、この間ずっと、募集枠を大きく超えて万単位の労働者が日本に働きに来ていたことだ。統計を見ると、少なくとも1万6000人の労働者が不正渡航を理由に朝鮮半島に送り返されている。それだけ日本における労働条件がよかったということであろう。
今回の裁判の原告四人も企業の募集広告を見たり、役場から勧められて応募したりして、民間企業の賃金、待遇の諸条件に納得して働きに来た。彼ら全員が徴用の始まる44年9月以前に渡日しており徴用とは無関係だ。
だが、韓国の司法は民間企業の募集で渡日した労働者も含めて全員を「徴用」と見做す。その理論構成の少なからぬ部分を、日本の知識人が担ってきたと、西岡氏は語る。
「60年代に日本の朝鮮統治は犯罪だったという研究が始まっているのです。その典型が『朝鮮人強制連行の記録』という朝鮮大学校の教員だった朴慶植氏が書いた本です。彼の弟子だった人が、いま東京大学の先生になったりしています」
彼らは日本の朝鮮半島統治が如何に不法であり犯罪的であったかを研究し、そうした主張に共鳴する弁護士や運動家が90年代に韓国に渡り、日本を訴えるための原告を探した。この構図は慰安婦問題と酷似している。西岡氏は語る。
「日本に来て、日本で裁判を起こす。費用は日本側が持ち、手続きも全て日本側が行う。日本も旅行できるということで始まったのが戦後補償裁判でした。しかし、日本では全て敗訴だった。この原告たちは言っています。日本の運動家の皆さんが励ましてくれて、もう一回、韓国で裁判を起こした、と」
日本は法治国家であり、条約も法律も厳格に守られるために、韓国の原告が勝利する余地はなかったが、韓国での裁判となると、今回の事例に見られるように状況は異なってくる。
関連して、菅直人氏が首相の時、怪し気な動きがあったと、西岡氏は言う。
「左派的な日韓知識人の連帯の中で、菅氏に談話を出させ、日朝併合条約は無効、つまり日韓併合は非合法的だったと言わせようとしたのです。これは実現しませんでしたが、併合条約が無効だとされれば、日韓関係の根本は崩れます。それが彼らの狙いです」
韓国には常に、日本による併合は違法で無効だと決めつけようとする勢力が存在する。しかし、反日政権だった盧武鉉氏でさえ日韓請求権協定の内容は否定できなかった。それがいま最高裁で否定される次元にきてしまった。この背後にある深い闇の実態を、紙媒体だけでなく大きな広がりを持つネットを駆使して伝えていきたい。