「 アリババ集団マー会長退任の背後に金持ち排除を進める習近平主席の影 」
『週刊ダイヤモンド』2018年9月29日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1248
中国電子商取引(EC)最大手、アリババ集団のジャック・マー会長が五四歳の誕生日、9月10日を期し会長職を退くと米「ニューヨーク・タイムズ」紙が報じた。
3日後、アリババ集団は、退任は今年ではなく、来年の9月10日だと発表した。マー氏が株主に宛てて公開した書簡には「大好きな教育分野に戻りたい。世界は大きく、私はまだ若く、新しいことに挑戦したい」と書かれており、時期は1年ずれたが、会長退任は間違いなさそうだ。
そこで誰しも思うだろう。マー氏はアリババ集団を一代で時価総額約4000億ドル(約44兆円)企業に育て上げた。スマホ決済で一気にキャッシュレス社会を出現させ、昨年の決済総額1377兆円の約半分を自社のアリペイが占めた程の成功もおさめた。その彼が何故、いま、退くのか、と。
中国共産党の下で人々はいかにして富と権力を得るのか、権力の一部となればなったでどれ程の火傷を負い失脚するのかを思えば、マー氏退任の背景に影を見るのは当然だ。「産経新聞」外信部次長の矢板明夫氏が語る。
「習近平国家主席の基本方針は毛沢東路線への回帰です。その特徴のひとつが金持ち潰しです。毛沢東は全権力を中国共産党に集中させ、その上に立つ自身の存在を核心と位置づけました。習氏も同じようにしたい。核心はひとり、中心軸はひとつ。その一本軸の縦構造に並列して、兆円単位の資産を動かす民間の大金持ちが生まれると、そこにも求心力が動く。核心は2つは不要、そこで金持ち排除に走るのです」
習政権下で大富豪が次々に逮捕され、消されるケースが続いている。今年5月にも中国保険業界の一角を占めていた安邦保険集団の元会長、呉小暉氏が懲役18年の刑を科され失脚した。
呉氏はトランプ米大統領の娘婿、ジャレッド・クシュナー氏と非常に近い関係にあった。2016年の米大統領選挙でトランプ氏の勝利が確定した直後、クシュナー氏が最初に会食した相手が呉氏だった。
呉氏は中国共産党とのコネをばねにのし上がった。若き日に浙江省杭州市長の娘と結婚し、自動車販売の利権で財を成し、次に元上海市長の息子のコネを活用して〓小平(とう・しょうへい)一家に接近、妻と離婚して〓(とう)の孫娘と再婚した。より大きな共産党へのコネを手に、呉氏は保険業界に進出、短期間に巨万の富を築いてニューヨークの名門ホテル「ウォルドルフ・アストリア」を買収した。
だが、米政権に深く食い込み影響力を発揮するような存在を、共産党が許容し続けることはないのである。当局の調査が始まり、保険監督局が安邦保険集団を公的管理下に置いたのが今年2月、3月には裁判開始、5月10日には先述の判決が下された。〓(とう)の孫娘の夫といえども冷酷に切り捨てられた。
大富豪が得意の絶頂で逮捕、投獄され、あるいは自殺に追い込まれる事例など掃いて捨てる程あるのが中国だ。矢板氏は中国人大富豪の「寿命」は10年単位で見るのが妥当だと言う。
「中国共産党の権力にくっついて利権を手にする大富豪は権力者が交替して新しい権力層が生まれるときが危機なのです。前任者の人脈や利権はことごとく剥奪されるからです。それが種々の逮捕や自殺事件につながります」
どれ程頑張っても中国人の個人的栄華は10年が目途、20年はもたないというのだ。マー氏は通貨の意味を変える程の大変化を巻き起こし、資本主義経済の新たな波を中国に起こしたかに見える。しかし、共産党支配の論理の下では、長続きさせてもらえない。
マー氏はビル・ゲイツ氏のように社会貢献に力を注ぎたいと発言した。果たして習氏がそれを諒とするのか、まだわからない。少なくとも、このまま「盛大な成功」を続ければ、己の命運が尽きるとの自覚が退任予告につながったと見てよいだろう。