「 敵味方の区別つかないトランプ外交で欧州情勢が激変する可能性に現実味 」
『週刊ダイヤモンド』 2018年7月21日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1240
6月上旬、カナダでの先進7カ国首脳会議(G7)に出席したトランプ米大統領は孤立した。「6対1」のサミットと表現されたG7の2日目午後の会合を欠席して、トランプ氏は北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長に会うためにシンガポールに向かった。
7月11、12日の両日、ベルギーでのNATO(北大西洋条約機構)首脳会議に臨んだトランプ氏は、ここでも多くの問題を残した。会議の前には、NATO各国首脳に宛てて「貴国の国防費がなぜこんなに少ないのか、米国国民に説明できない」「米国とNATOの関係はもはや持続可能ではない」など、類例のない表現で相手国を非難する手紙を出していた。
首脳会議では、「米国が世界の貯金箱と思われている状況を止める」決意を、改めて示した。
NATO諸国は2014年、ロシアがクリミア半島を奪ったことに警戒を強め軍事力を高めるために、少なくとも各々のGDPの2%を軍事費に充てると決定したが、その2%条項が守られていないとして、トランプ氏はNATO諸国を非難していたのだが、今回の首脳会議で、4%という新しい数字を突然打ち出した。
NATO首脳の間には、トランプ氏がどこまで本気なのかと疑う声もあるが、4%以前の、もっと深刻な問題があるのではないか。
前述のように、カナダでのG7では価値観を共有するはずの先進諸国を非難して、価値観の全く異なる正恩氏に会いに行った。ベルギーでの首脳会議では同盟国を非難して、最終的にロシアのプーチン大統領に会いに行く。集団安全保障の考え方で成り立つ世界最大規模のこの軍事同盟はそもそも旧ソ連(ロシア)を共通の敵と位置づけて組織されたものだ。トランプ氏は完全に味方と敵の区別がつかなくなっていると思われる。
トランプ氏の「アメリカ・ファースト」は、これでは「アメリカ・アローン」になってしまう。米国は同盟国、あるいは友邦国として信ずるに足る国かとの疑問が、米国にコミットし頼ってきた国々から出始めたことを、最も喜んでいるのは中国とロシアであろう。
そうした中、ロシアはハイブリッド戦争を進める。これは「非対照的」で「非伝統的」な力の行使によって、相手国の民主主義的体制を破壊していく戦争のことだ。具体的にはサイバーアタックや偽情報の拡散、政治的プロパガンダの拡散などである。NATO諸国にとってロシアの脅威は、もはや軍事力だけではないのである。
国際社会が直面する新たな戦いは「文化が戦場」となり、音楽や映画がその有力手段となるといわれている。たとえばNATOの一員であるラトビアを見てみよう。
小国ラトビアは歴史的にソ連に支配され、次にドイツ、そして再びソ連の支配下に置かれた。ラトビアが民族国家として自立したのはソ連崩壊後の4半世紀ほど前のことで、安定した国民生活が可能になったのは、NATOの枠内に入って以降にすぎない。
ラトビアの人口の約3割が人種的にはロシア人だ。彼らはロシア語を母国語とし、ロシア文化を守りつつ暮らしている。プーチン氏はラトビアはロシア領だと主張し続ける。ロシア、そして中国も全く同様だが、「自国民擁護」の旗を掲げて他国を脅かすのが常だ。人口の3割がロシア人という事実は、クリミアに多くのロシア人が住んでいることが侵略の口実のひとつになったように、ラトビアを再びロシアの支配下に置く理由として十分活用されるだろう。
こうした中、トランプ氏は、クリミアはロシア領、理由はそこに多くのロシア人が住んでいるからと語っている。トランプ外交で欧州情勢が激変する可能性が現実となりつつある。