「 北の核廃棄を望まない中朝韓 」
『週刊新潮』 2018年4月12日号
日本ルネッサンス 第798回
「習近平氏は1本2000万円のマオタイ酒を正恩に振る舞ったそうです。彼を北京に呼びつけ、中国の持てる力を誇示して手なずけようとした。その目論見が見てとれます」
こう語るのは統一日報論説主幹の洪熒(ホンヒョン)氏だ。金正恩朝鮮労働党委員長は3月下旬の電撃的訪中以降、華々しい外交攻勢を展開中だ。しかし日米両国が求める北朝鮮の非核化に向けた確約は見えてこない。このままいけば、米朝首脳会談がスンナリと実現するとは限らないだろう。
米朝会談の最大の眼目である北朝鮮の非核化について、日米韓中朝の5か国は明確に異なる立場に立っている。日米は、北朝鮮の核弾頭だけでなく、全ての核物質、全ての核関連施設に加えて核開発計画自体を「完全に、検証可能かつ不可逆的な方法で解体すること」(CVID)を求めている。行動は明確に一括して行われなければならない。
他方、北朝鮮は勿論、中国も韓国も、そんなことは望んでいない。彼らは日米の使う「北朝鮮の非核化」ではなく、「朝鮮半島の非核化」と言う。北朝鮮の意図は、米国は米韓同盟に基づいて有事の際、核兵器で北朝鮮を攻撃して韓国を防衛するかもしれない、米国の核の脅威を取り除くために米韓同盟も解消すべきだ、そのとき初めて北朝鮮も核をなくす、というものである。
中国政府も北朝鮮から核を取り上げようなどとは考えてもいない。彼らの意図が明確に表現されていたのが、3月18日の「環球時報」の社説である。中国共産党機関紙「人民日報」の国際版である、「環球時報」が突然、北朝鮮をほめそやし始めたのだ。
「中朝両国の試金石は、核問題で相互の立場に相違があるにもかかわらず、バランスを保つことだ。北京・平壌間の友好関係を維持し、韓国や日本や西側メディアの影響を受けないことだ」として、核兵器に関する中朝間の相違は両国関係のごく一部にすぎないと強調した。
「北朝鮮は尊敬すべき国である。北東アジアでは珍しく高度の独立を保っている。経済規模は大きくないが、産業構造は完璧で、これは中々達成できないことだ」と噴飯物のお世辞も並べた。
北朝鮮の核開発を黙認
環球時報はさらに、中朝は対等で相互に尊敬しあっている、中朝友好関係を通じて、中国は北東アジアにおける戦略性を高めることができる、北朝鮮は、困難と危険が伴う日米韓3か国への対処を、中国の支えによって、リスク回避をしながらこなすことができると、強調した。
社説は、如何なる勢力も中朝関係に割り込むことはできないと断じて結論とした。ここから読みとれるのは、日米両国が主導した強い制裁で追い詰められた正恩氏を何が何でも囲い込み、中国の影響力を強め、それを維持しようという戦略だ。
そこには正恩氏から核を取り上げる意図は全く見られない。確かに中国は言葉のうえで北朝鮮の核に反対する。他方、中国は金日成、金正日の時代から北朝鮮の核開発を黙認してきた。正恩氏についても同じ姿勢であろう。中国の言葉による北朝鮮の核への反対論は、北朝鮮が核を保有したときに必ず日本も核武装すると考えているためだ。北朝鮮の核に反対するのは、日本の核武装に反対するための構えだと見るべきだ。
文在寅韓国大統領も同じである。文氏は自殺した盧武鉉元大統領の秘書室長(官房長官)として、2007年の金正日総書記との首脳会談を準備した。その前年の06年に正日氏は初の核実験を行い、国際社会から厳しい非難を浴びた。だが盧氏は首脳会談ではその件には一言も触れていない。
他方、国際社会に向けて盧氏は、「北朝鮮の核は自衛のための核だ」として北朝鮮を擁護し続けた。
盧氏を師と崇める文氏は盧氏同様、「北朝鮮の非核化」とは言わない。常に「朝鮮半島の非核化」である。
「このように中朝韓は日米とは考え方が違うのです。それを日本では日米韓vs中朝の枠組みで論じています。文氏が日米の側に立つと考えるのは幻想で、それでは戦略を誤ります」
と洪氏。
中朝韓が北朝鮮の核放棄を実現するとは思えないとき、トランプ米大統領はどうするだろうか。氏は3月下旬、矢継ぎ早に対中強硬策を打ち出した。中国が「核心的利益」だとして第三国の介入を断固拒否する台湾に関して、台湾旅行法に署名した。これで米国の閣僚も要人も含めて、台湾との交流を行い易くなった。
もうひとつの中国の核心的利益、南シナ海では中国の人工島の「領海」に米艦船が入り、航行の自由作戦を実施した。中国による知的財産権の侵害に関して、600億ドル(約6.3兆円)規模の中国製品に関税をかけるとも発表した。
トランプ政権の後退を待つ
きつい要求を突きつけた米国に中国は4月2日報復関税を発動した。同時に両国は水面下で交渉を進めている。仮に中国が大幅に譲歩すれば、トランプ氏は妥協するかもしれない。
過去には米国訪問でボーイングの航空機300機を買いつけ、米国の巨額貿易赤字に関する不満を一挙に解消したこともある。その手の戦術に中国は長けている。加えて、中国が責任をもって北朝鮮の核をコントロールする、北朝鮮に米国に届くミサイルは持たせないなどの条件を確約すれば、トランプ氏が北朝鮮の核を認めてしまうこともあり得ると考えるべきだ。日本にとっては本当の悪夢である。
だが、いまやトランプ氏の傍らには対北朝鮮強硬派のポンペオ国務長官とボルトン国家安全保障問題担当大統領補佐官が控えている。彼らが、北朝鮮の核放棄の曖昧さに憤るとき、北朝鮮はどう対応しようとするだろうか。
洪氏が語った。
「彼らはトランプ政権を恐れながらも、その足下を見ています。ロシア問題で追い込まれ、秋の中間選挙で敗北しかねない。レームダック化すれば強い政策は取れないと、正恩が考えていても不思議ではありません。正恩は追い詰められて中国を頼った。彼にも余裕はない。時間を稼ぎながら、トランプ政権の弱体化を待っている。そこまで走りきることを、今彼は考えているのではないでしょうか」
「終身皇帝」への道筋をつけた習氏は時間をかけてトランプ政権の後退を待つ可能性がある。
このような状況の中に、日本は置かれている。北朝鮮を追い詰め平和路線に転換させたのは、安倍晋三首相が強く主張した「圧力路線」の結果である。ここまではよいが、これから日本はどうするのか。
米国との協調関係を大事にしながらも地力をつけるしかない。世界情勢の展開が見通せない今、日本が国として強くなることが何よりも大事だ。自国を自力で守るという原点に戻る。その第一歩が、憲法改正である。