「 米外交の敗北はキッシンジャー氏の助言か 」
『週刊新潮』 2017年11月30日号
日本ルネッサンス 第780回
先の米中首脳会談を、世界の多くのメディアが「アメリカの敗北」だと断じた。単にドナルド・トランプ大統領が習近平国家主席に敗北したのにとどまらず、世界の大潮流が変化を遂げてゆくとの予測ばかりだ。
インターネット配信の「言論テレビ」で、国家基本問題研究所副理事長の田久保忠衛氏は、トランプ氏のアジア歴訪を「大国の自殺」と表現した。
「実はこの表現はワールド・ポストに寄稿したリチャード・ヘイダリアン氏の記事に出てきます。アメリカが孤立主義に向かい、中国が21世紀は『アジア人のためのアジア』を基本に新しい地域秩序を形成すべき時だと主張し始めました。アジアからアメリカを排除する考えを公然と打ち上げた。それでもアメリカは対抗する戦略を打ち出し得ず、その地位は崩落しつつある。大国の自殺が起きているというわけです」
トランプ氏訪中でアメリカ外交が目に見えて揺らぎ始めた理由のひとつに、トランプ氏に助言するヘンリー・キッシンジャー氏の存在があるのではないか。田久保氏が語る。
「トランプ氏は米中首脳会談の後、習近平氏をベタ誉めし、中国政府の接遇を賞賛しました。これをトランプ氏の単純さと見るか、キッシンジャー氏の助言が功を奏したと見るか。私は後者の可能性が大きいと見ています。中国はトランプ氏に国賓プラスアルファの手厚いもてなしをしました。キッシンジャー氏は、中国は面子を重んじる大国であるから、特別待遇には素直に乗った方がいいと、トランプ氏に助言したと思います」
田久保氏のキッシンジャー分析は、ニクソン研究を踏まえたものであり、奥深い。氏の説明だ。
「ニクソンは回顧録でキッシンジャー氏をソ連問題専門家として、米ソ関係に彼ほど精通している人物はいないと評価しているのですが、反対に中国については何も知らないと手厳しいのです」
中国問題では素人同然
ニクソン氏は1971年7月、キッシンジャー氏を密使として北京に送り込んだ。ニクソン訪中の地ならしであり、米中接近は世界のパワーバランスを一変させた。このことについて、ニクソン氏はこう書き残している。田久保氏の説明だ。
「北京で毛沢東と周恩来に会うときには、それぞれどの点を詰めるべきか、ニクソンはキッシンジャー氏に明確に指示しているのです。そのうえで、キッシンジャー氏は使い走り(errand)だった、とニクソンは書いています」
中国問題では素人同然で、大統領から使い走りと断じられたキッシンジャー氏は、しかし、国務長官の地位を退いた後、「一介のビジネスマン」になった。平たく言えば、中国関係のビジネスに関わり始めたのだ。
「氏の中国ビジネスは大成功しました。巨額の利益を得たと見てよいでしょう。国務省に在籍してアメリカ外交の責務を担うときの大目標はアメリカの国益です。ビジネスにおける利益追求と、政府幹部としての国益擁護の責務は全く異なるでしょう。キッシンジャー氏の助言はビジネスにおける成功体験に基づいたものではないでしょうか。
誰も金儲けが悪いとは言わない。しかし、ビジネスにおける成功と外交におけるそれとは自ずと異なる面がある。中国ビジネスで成功したキッシンジャー氏は、恐らく外交とは異なる角度からトランプ氏に助言したのではないか。そのように疑われること自体、よくないことです」(同)
トランプ大統領が中国に求めたものは北朝鮮非核化への実効的な協力と貿易赤字解消の手立てだった。ところが、キッシンジャー氏のこれまでの発言や論文を見ると、北朝鮮問題で最も重要なことは「米中の相互理解だ」と繰り返している。アメリカの年来の対北政策は失敗だったが、失敗の理由は米中が目標を摺り合わせ、作戦計画を共有できなかったからだと、「ウォール・ストリート・ジャーナル」紙への寄稿で語っている。
さらに氏は、アメリカの対北先制攻撃は中国が許さない、北朝鮮がこれまで執念を燃やして開発してきた核を諦めるということは、政治的大混乱の中で政権交代が行われるということだとも指摘する。従って中国の本音は、北朝鮮の核開発停止を望んでいるが、それによって生じる中国国内への影響と、北東アジア情勢の混乱を、最も恐れているのだと強調している。
要は、中国がどれだけ北朝鮮及び朝鮮半島全体の問題に気を配っているかを、キッシンジャー氏は繰り返し語っているのだ。朝鮮半島問題をもっと中国の立場に立って考えよと、トランプ氏に言い聞かせているのである。
対日歴史戦
田久保氏が喝破した。
「北朝鮮問題でアメリカは中国を代理人として使うだけでよいのか。アメリカはカネも出さず、血も流さず、中国にやらせればよいと考えている。それでは中国は怒るだろう。中国をもっと対等な地位に引き上げなければアメリカ外交は成功しないと、キッシンジャー氏は繰り返しています。トランプ氏に言い聞かせているのです。それが今回、トランプ氏を通じて実現したということでしょう」
田久保氏は「トランプ氏がむしろ気の毒だ」と語った。それ程、トランプ陣営には対中外交に関する戦略がなく、キッシンジャー氏が助言した戦術は根本的に間違っているということだ。今回のトランプ氏のアジア歴訪を、前出のヘイダリアン氏はこう書いた。
「アメリカの同盟諸国はアメリカの先を見て、『アメリカ後の世界』建設に動き始めた」
如何にアメリカが大国としての影響力を急速に失いつつあるかが窺える。中国の長期戦略の前で敗北しかねないのはアメリカだけではない。わが国も全く同じである。中国紙の「人民日報」が、日本軍の731部隊のおぞましい殺人の資料をアメリカで大量に見つけたという記事を配信した。「悪名高い日本軍の細菌部隊関連の資料、2300頁を発見」したそうだ。アメリカの国立公文書館などで発見したと書いているが、驚くべきはその犠牲者が30万人に達するというのだ。「南京大虐殺」も「慰安婦強制連行」も各々30万人の犠牲者だと彼らは主張する。今度も然り。
習氏は華麗なる中華民族の復興のためには、日本民族が如何に悪辣であるかを周知徹底させなければならないと考えているのであろう。
そのための対日歴史戦である。日本人の精神を打ち砕き、中国に抗えない国に、日本をしてしまうつもりだ。一日も早く、こうしたことに気づいて、国の根本から築き直さなければならない。いつも同じことを強調するのだが、自国を自力で守れる国になるための憲法改正を急ぐときだ。