「 日本の実力、備えもなしに国民は守れない 」
『週刊新潮』 2017年9月28日号
日本ルネッサンス 第771回
横田めぐみさんの拉致から今年で40年、家族会結成から20年、蓮池薫さんら5人の帰国から15年だ。
長い年月が過ぎ去ってしまった。13歳のめぐみさんは53歳に、御両親の滋さんと早紀江さんは84歳と81歳になった。それでもまだ、日本国は拉致被害者を救い出し得ていない。なぜか。
この問いについて私は昨年12月22日号の本誌で、小泉政権下で拉致被害者家族担当の内閣官房参与を務めた中山恭子氏の体験をお伝えした。02年に当時の小泉純一郎首相が訪朝し、5人が帰国した。外務省は1週間の滞在後、5人を北朝鮮に帰すつもりでいたが、中山氏は日本国政府の意思として全員を日本に残すべきだと主張した。
当然だ。拉致被害者の誰も望んで北朝鮮に行ったわけではない。縛られ、袋詰めでさらわれた人々だ。日本国による救出をずっと待っていた、そしてようやく帰国できた人たちを、向こうに帰すなど、主権国家としてあり得ない。だから中山氏は「国家の意思の問題だ」と言明した。
すると電話やファックスが舞い込んだ。国家などと言うのは何事かという非難だった。国家の責務は国民を守ることにある。国民が拉致されれば取り戻す。にも拘わらず、メディアも国民も官僚も、大半の政治家も「国家の意思」を否定した。日本国は官民共に拉致被害者を救い出す責務を全く認識していなかったということだ。これでは拉致被害者救出は絶対にできない。
たった1人、中山氏の主張に耳を傾け、同意した政治家がいた。それが安倍晋三首相だった。当時官房副長官だった安倍氏は、5人を政府の意思で日本に残すと決断した。
それから15年、現在の日本で、「国家の意思」と言っても批判されることはない。むしろいまは、北朝鮮のミサイルや核の脅威を縫って国家として如何に国民を守るのかという議論がなされている。国家の意思はもはや禁句ではなくなり、世界の常識がようやく日本に浸透し始めたのだ。次に問われているのは、具体的にどう守るのか、日本に守る力があるのかという点だ。
完全にアメリカ頼み
この問いに、多くの人が第一に挙げる解決策が、日米安保条約を緊密にしてアメリカに守って貰う体制を確実にするということだ。私も国民の命を防衛する方程式を問われたら、その点を強調する。けれど、アメリカの拡大抑止、核の傘がいつまで頼りになるのかが危ぶまれるいま、日本はブレジンスキー元大統領補佐官の言う「事実上の被保護国」の立場から一日も早く脱け出さなければならない。そのためにも、国際社会の常識に比べて私たちの国がどれだけ、「異常」か、無防備で脆弱か、その厳しい現実を知ることが重要だ。政府は国民に日本の危機的状況を積極的に伝えなければならない。
8月29日に北朝鮮のミサイル「火星12」が発射され、日本の領土上空を越えて太平洋上に落下したとき、安倍首相はこう語った︱「政府はミサイル発射直後からミサイルの動きを完全に把握して」いる。
9月15日の火星12は8月より飛距離を1000㌔も伸ばし、高度は200㌔上がって800㌔に達した。これで北朝鮮のミサイルはアメリカのグアムを攻撃することが可能になったと見られる。アメリカの苛立ちは高まり、アメリカ国民の53%が対北朝鮮軍事行動に賛成を示している。日本にも韓国にも米朝対立の余波は否応なく押し寄せる。そこに新たなより脅威度の高いミサイルが発射された。このときも安倍首相は同じコメントを出した。
自民党幹部は懸念する。
「日本が北朝鮮のミサイル発射を捕捉していたと言っても、アメリカと韓国の情報です。日本の独力では、ミサイルが日本上空に接近してからでないと把握できず、遅すぎます」
9月8日の「言論テレビ」で小野寺五典防衛相は、陸上配備型イージスを導入すれば、日本の弾道ミサイル防衛能力は高まり、2基の導入で日本全域を守ることが可能だと語った。しかし、実戦配備までに3年はかかる。その間どうするのか。
前出の自民党幹部が語る。
「北朝鮮がミサイルや核についてどのように動いているのかを探るのは早期警戒衛星です。わが国にはこのような衛星はありませんから、完全にアメリカ頼みです。アメリカが情報を提供してくれなければ、いつミサイルが発射されたのか、その種類、方向、高度、ブースターが切り離されるタイミングなど、わが国だけでは判断できません。アメリカの協力があって初めて弾道ミサイルへの対処策も現実に考えることができるようになりますが……」
と次のように語る。
本当に日本を守れるのか
「いま弾道ミサイル防衛で一番活躍するのが海上自衛隊のイージス艦に積んでいるSM3というミサイルロケットです。これは日本を攻撃するミサイルを撃ち落とします。これでさえ、しかし、最高高度は500㌔です。北朝鮮が15日に発射した火星12は高度800㌔ですから、SM3では届かないのです」
高度1000㌔以上の改良型SM3を日米で共同開発中だが、実戦配備には2021年までかかるという(9月16日「産経新聞」)。
今年3月、自民党政務調査会は「敵基地反撃能力の保有」などを求める提言を発表した。飛んで来たミサイルは数発なら迎撃できても数十発も撃ちこまれれば防ぎ得ない。そこで国民を守るために、攻撃の兆候が確認できたら直ちに敵の発射基地を叩くことが望まれる。そこまでは憲法が認める自衛権の範囲内であり、これを認めようという提言だ。ここまではよいが、そのあとに、こう書いている。
「敵基地の位置情報の把握、それを守るレーダーサイトの無力化、精密誘導ミサイル等による攻撃といった必要な装備体系を現在の日本は保有せず、保有の計画もない」と。
何を言っても何を議論しても、わが国には能力がないということではないか。北朝鮮の核武装を受けて韓国やアメリカで日本の核武装について活発に議論され始めた。だが日本では非核三原則(核を作らず、持たず、持ち込ませず)を議論することにさえ強い反対がある。
9月17日、フジテレビ「新報道2001」で民進党の江田憲司氏は三原則を議論することは、見直しに通ずると反対していた。しかし、三原則に拘(こだわ)れば、恐らく核を積んでいると思われるアメリカのイージス艦の日本寄港さえも不可能になる。それで本当に日本を守れるのか。
このような現実を皆で広く共有するところから、真の意味で日本国民を守る防衛策が生まれるはずだ。そのとき初めて、拉致問題も含めて日本の問題解決能力が強化される。