「 韓国の対日歴史戦の背後に日本人 」
『週刊新潮』 2017年8月31日号
日本ルネッサンス 第767回
韓国の文在寅大統領が大胆な歴史修正に踏み切った。8月15日、「光復節」の式典で、徴用工などの「被害規模の全貌は明らかにされていない」とし、被害者の名誉回復、補償、真実究明と再発防止が欠かせない、そのために「日本の指導者の勇気ある姿勢が必要だ」と発言した。日本に補償を求めて問題提起するということであろう。
左翼志向の盧武鉉元大統領も、戦時中の日本の「反人道的行為」に対して韓国には個人請求権があると主張した。だが、盧氏は日韓請求権協定の資料を精査した結果、2005年8月26日、徴用工への補償はなされており、もはや韓国側に請求する権利はないとの見解を正式に発表した。
文氏は秘書室長として盧元大統領に仕えた人物であり、一連の経緯を承知しているはずだが、いま再び徴用工問題を持ち出すのだ。その背景に、12年に韓国大法院(最高裁)が下した特異な判決がある。1910年に始まる日本の韓国併合を違法とし、違法体制下の戦時動員も違法であり、従って、日本には改めて補償する責任があるとするものだ。
どうしてこんな無法といってよい理屈が生まれるのか。シンクタンク「国家基本問題研究所」企画委員の西岡力氏は、8月11日、「言論テレビ」で、この特異な判決の背景には日本人の存在があると指摘した。
「韓国併合は無効だという論理を構築し、日本政府に認めさせようとしたのは日本人なのです。東大名誉教授の和田春樹氏、津田塾大名誉教授の高崎宗司氏らが、80年代以降、一貫して韓国併合は国際法上違法だったと主張し、運動を始めたのです」
80年代といえば82年に第一次教科書問題が発生した。日本側は教科書の書き換えなど行っていなかったにも拘らず、謝罪した。謝りさえすればよいというかのような日本政府の安易な姿勢が一方にあり、もう一方には、和田氏らの理解し難い動きがあった。和田氏らは長い運動期間を経て2010年5月10日、「『韓国併合』100年日韓知識人共同声明」を東京とソウルで発表した。日本側発起人は和田氏で、日韓双方で1000人を超える人々が署名した。
国際法の下で合法
署名人名簿には東大教授らが名前を連ねている。すでに亡くなった人もいるが、ざっと拾ってみよう。肩書きは名簿に記載されているものだ。
荒井献(東京大学名誉教授・聖書学)、石田雄(東京大学名誉教授・政治学)、板垣雄三(東京大学名誉教授・イスラム学)、姜尚中(東京大学教授・政治学)、小森陽一(東京大学教授・日本文学)、坂本義和(東京大学名誉教授・国際政治)、外村大(東京大学准教授・朝鮮史)、宮地正人(東京大学名誉教授・日本史)らである。
「朝日新聞」の記者も含めて、その他の署名人も興味深い。これまた目につく人々を拾ってみよう。
今津弘(元朝日新聞論説副主幹)、大江健三郎(作家)、小田川興(元朝日新聞編集委員)、佐高信(雑誌『週刊金曜日』発行人)、沢地久枝(ノンフィクション作家)、高木健一(弁護士)、高崎宗司(津田塾大学教授・日本史)、田中宏(一橋大学名誉教授・戦後補償問題)、鶴見俊輔(哲学者)、飛田雄一(神戸学生青年センター館長)、宮崎勇(経済学者・元経済企画庁長官)、山崎朋子(女性史研究家)、山室英男(元NHK解説委員長)、吉岡達也(ピースボート共同代表)、吉見義明(中央大学教授・日本史)ら、まさに多士済々である。
それでも、日本政府の立場は一貫して韓国併合は当時の国際法の下で合法的に行われ、有効だったというものだ。西岡氏が強調した。
「あの村山富市氏でさえも、当時の国際関係等の歴史的事情の中で、韓国併合は法的に有効に締結され、実施されたと答弁しています。国が異なれば歴史認識の不一致は自然なことです。しかし、和田氏らは国毎に異なって当然の歴史認識を、日本が韓国の考え方や解釈に合わせる方向で、一致させようとします」
一群の錚々たる日本人による働きかけもあり、韓国大法院は、前述の併合無効判断を示した。
次に韓国側から出されたのは「対日抗争期強制動員被害調査及び国外強制動員犠牲者等支援委員会」の「委員会活動結果報告書」(以下、報告書)である。
右の長たらしい名称の委員会は04年、盧武鉉政権下で発足、報告書は16年6月に発行された。韓国政府は11年余りの時間を費やし、凄まじい執念で調査して大部の報告書にまとめ上げた。序文で「ナチスのユダヤ人に対する強制収容、強制労役、財産没収、虐待やホロコースト」に関してのドイツの反省や償いを詳述していることから、日本の戦時動員をホロコーストに結びつける韓国側の発想が見てとれる。
「朴正熙元大統領は立派」
要約版だけでも151頁、違和感は強かったが、「強制動員が確認された日本企業」2400社余りの社名が明記されていたのは驚きだった。
この報告書作成にも日本人が関わっていた。海外諮問委員として発表された中には、歴史問題に関する文献でよく見かける人物名がある。たとえば殿平善彦(強制連行・強制労働犠牲者を考える北海道フォーラム)、上杉聰(強制動員真相究明ネットワーク)、高實康稔(NPO法人岡まさはる記念長崎平和資料館)、内海愛子(「対日抗争期強制動員被害調査報告書」日本語翻訳協力委員)、竹内康人(個人研究者)、樋口雄一(個人研究者)らである。
「こうした人々が韓国側に協力している間、日本政府は労働者動員問題も慰安婦問題も放置してきました。仮に彼らの主張や資料が偏って間違っていても、そのことを証明するにはきちんとした資料を出さなければなりません。その点でこちら側は周回遅れです」と西岡氏。
だが、慰安婦が強制連行されたわけでも性奴隷でもなかったように、徴用工は強制連行されたわけでも奴隷労働を強いられたわけでもなく、日韓間では解決済みの問題である。西岡氏は当時の状況を具体的に振りかえるべきだと、強調する。
「日本に個人補償させずに、まとめて資金を受けとった朴正熙元大統領は立派でした。もし日本が個人補償をしたら、朝鮮戦争の戦死者の補償よりも、日本の徴用で死んだ人への補償の方が高くなる。韓国の国が持たない。だから日本の資金をまとめて受けとり、それで独立運動家や亡くなった人の遺族に奨学金を出した。一人一人に配ると食べて終わりですから、ダム、製鉄所、道路を作り経済成長につなげ、元慰安婦も元徴用工も元独立運動家も皆を豊かにする漢江の奇跡に結びつけた。66年から75年まで日本の資金の韓国経済成長への寄与率は20%。日韓双方に良い結果をもたらしたのです」
文氏にはこうした事実を繰り返し伝え、主張していくしかない。