「 トランプのシリア攻撃で複雑化した中東情勢が日本に及ぼすこの上なき深刻な脅威 」
『週刊ダイヤモンド』 2017年4月22日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1178
ドナルド・トランプ米大統領はシリアの化学兵器使用にも手を打たないのか。そう考えて、先週、本欄で批判した。ところがその直後の4月7日(日本時間)、米国は断固たるシリア攻撃に踏み切った。
180度の方針転換。それを受けて異例のスピードで展開されたシリア攻撃は、短時間の準備であったにも拘わらず極めて周到になされており、米国の力を見せつけた。
シリアで化学兵器使用の第一報が入った4日、トランプ氏は、「許せない」と発表したものの、シリアやロシアではなく、オバマ前米大統領の「弱腰」を非難した。その声明には戦略もなければ犠牲になったシリア国民への同情の言葉もなかったが、その直後、トランプ氏は豹変し、53時間後には攻撃を開始したのである。
断固たる攻撃で、トランプ政権は、力の行使を回避し続けたオバマ外交と訣別した。この変化を引き起こしたのが、化学兵器で苦しみ、死亡した犠牲者たちの映像だったという。
「女性や子供、かわいい赤ちゃんたちまで殺害された」「その悲劇が私のアサド政権への考えを根本的に変えた」と、トランプ氏は語っている。
この真っ当な怒りが米国の国家意思となって、実質2日強という極めて短時間に、59発の巡航ミサイルの発射につながった。類例のない短期決戦に関しては、国連決議も得ていない。米国単独で断行した軍事作戦に関しては、軍事作戦が終了する頃に、マイク・ペンス副大統領らが、米議会要人や外国の首脳らに、事後報告を行った。それでも、共和・民主両党が、さらにはほとんどの国が理解し支持した。強い米国、行動する米国の復活を米国自身も世界も望んでいたのである。
米国は短期的には、揺らいでいた信頼性と強制力をある程度、取り戻した。だが問題はこれからだ。
「ウォールストリート・ジャーナル」紙は、攻撃直後の4月7日の社説で「全ての軍事行動にはリスクがつきまとう。しかし今回のシリア攻撃は、もし、トランプ氏が攻撃後、力強い外交を展開するなら政治的、戦略的に大きな国益につながる」と書いた。
力強い外交とは具体的に何か。シリアの化学兵器使用を容認しないという意思を軍事行動で示したものの、中東情勢はもはや単純な「力強い外交」でおさまる状況ではない。
かつては「アサド対反政府勢力」の二者対立の構図だった。しかし、シリア内戦の激化をうけて、状況は非常に複雑化している。アサド政権の背後にはいまや、ロシア、イランが存在する。レバノンのイスラム過激派ヒズボラもアサド大統領の側に立つ。イスラム国(ISIS)は力を失いつつあるものの、この間にアルカイダが勢力を盛り返している。
一方で米国は、シリア攻撃は北朝鮮への警告だとも語っている。北朝鮮の核・ミサイル開発抑止に関しては、中国の協力が得られない場合、「中国抜きで解決する」とトランプ氏は発信した。
4月9日には空母、カールビンソンが朝鮮半島周辺海域に向かった。また、米韓合同演習が史上最大規模で4月末まで続く。トランプ氏の言う「中国抜きの解決」とは何か。北朝鮮にさらなる制裁を科し、中国の制裁破りを許さないために、中国銀行に的を絞って制裁を科す可能性さえある。ブッシュ政権当時はバンコ・デルタ・アジアという小さい金融機関を標的にしたが、今回、中国銀行が標的になれば、その影響は非常に大きい。
もしくは、北朝鮮の豊渓里核実験基地や、東西両海岸にあるICBM(大陸間弾道ミサイル)の発射基地への攻撃も考えられる。ロシア、中国の反応を見ながらの外交・安保政策は、展望が見通しにくい。確かなことは、日本に迫る脅威はこの上なく深刻だということだ。