「 オバマの失策で問われる日本の自覚 」
『週刊新潮』 2016年9月15日号
日本ルネッサンス 第720回
9月4日、5日に開催された中国浙江省杭州でのG20(主要20か国・地域)首脳会議、続いて6日から開催されているラオスでの東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議は、オバマ政権の8年間の失策を、残酷なまでに描き出した。
西側社会の価値観に挑戦し続ける中国は、南シナ海問題に関する自身への非難を封じ込めながら、飽くまでも貪欲に自らの道を進む姿勢を明確にした。異質の国の中国を、オバマ大統領は阻めなかった。
中国問題のみならず、ロシア問題もシリア問題も解決できないまま、オバマ大統領はあと4か月で世界の表舞台から去る。彼の不作為がアメリカの指導力を陰らせ、来たるべき数年で嵐のような世界秩序の大変化が起きることも予想される。歴史は一瞬にして変わるが、そのような場面に、私たちは遭遇しかねない。
中国は2001年、WTOに加盟して以来、開かれた自由市場でどの国よりも市場経済の恩恵を受けてきた。西側社会は、中国が資本主義経済の体験を積み重ねることでより開かれた国となり、公正な競争原理を身につけると期待した。
しかし、その期待は裏切られている。08年のリーマンショックをきっかけに創設されたG20の、今年の最大の課題は、各国が協調して経済成長を促し、世界経済に負の影響を及ぼす事柄を正すことだった。典型例が中国の過剰な鉄鋼生産である。
市場経済の実態からかけはなれた、国有企業中心の体制下で、彼らは15年段階で8億㌧、全世界の生産量の約半分もの鉄鋼を作り、過剰在庫を安値で世界にバラまいている。日本を含めた市場経済諸国に不況と失業を輸出しつつある。
G20はこのような過剰生産を規制するために情報共有の仕組みを作ることになったが、それが機能する保証はない。なぜなら中国は自分たちが輸出を減らせば他国がその分を埋め合わせると考え、中国の損失につながる輸出規制をするとは考えにくいからだ。
南シナ海の運命
日米が警戒するもうひとつの中国主導の枠組みがAIIB(アジアインフラ投資銀行)である。政治に傾きすぎることや運営の不透明さゆえに、オバマ政権は各国に不参加を説得した。だがEU諸国が一斉に参加し、G20開催直前にはアメリカの足下のカナダまで加盟を決めた。オバマ大統領、つまりアメリカの発言力はここまで弱まっている。
米中首脳会談はG20に先立つ3日夜に、4時間にわたって行われ、オバマ大統領は南シナ海問題で、ハーグの常設仲裁裁判所の判断を尊重すべきだと強く求めた。安倍晋三首相も東シナ海、南シナ海問題について「日本の立場を率直に、明確に伝えた」と語った。外交の場で口にする言葉としては強い表現である。
だが現実は、酷いことになっていた。フィリピンのドゥテルテ大統領が2日、中国がスカボロー礁に8隻の船を出していたことを明らかにしたのである。中国の公然たる挑戦だ。
中国が展開した8隻の内訳は海警局の公船4隻、平底の荷船(バージ)が2隻、部隊要員運搬用と見られる船2隻である。フィリピンのロレンザーナ国防相は平底船の展開は中国の浚渫(しゅんせつ)、埋め立て、(軍事施設)建造につながる。なぜ、このように多数の船がスカボロー礁に集結しているのか説明せよと、中国側に迫った。
スカボロー礁は南シナ海の要衝である。台湾に近く、かつてアメリカ海軍基地があったスービック湾から120マイル(約200㌔)の距離だ。中国がここを押さえて、パラセル、スプラトリー両諸島と結べば南シナ海の制空権を、従って制海権をとれる。アメリカは、スカボロー礁に中国が手をかければ見逃さないと言ってきた。そこにいま8隻が集結しているのである。オバマ大統領は軍の展開に踏み切れるか。
中国が米中首脳会談に8隻の船の展開をぶつけたのは、オバマ大統領を見切っていたからではないか。
アメリカの決断が南シナ海の運命を決定づける。その中でドゥテルテ大統領というユニークな存在が、南シナ海情勢を中国有利にする危険性もある。ラオスでのASEAN首脳会議の場で、米比首脳会談開催が予定されていたが、ドゥテルテ大統領の暴言問題で再調整される。米比関係のゆらぎもまた、オバマ大統領の決断力のなさが遠因といえる。
オバマ大統領は中国を牽制できず、フィリピンとの協調関係も揺らぎ、さらに日本と共に打ち立てるはずの国際力学の新機軸、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)も可決できるかどうか不透明だ。
戦後70年余り、国防も外交も基本的にアメリカ頼みだった日本に、アメリカの影響力の低下が、いま全く新しいアプローチを迫っている。
国民と共に考える
尖閣諸島周辺の海では、9月に入って毎日、中国の公船が侵入を繰り返し、これまで3隻だった公船が4隻にもなった。
中国は尖閣だけを奪う戦略から第1列島線を奪い、第2列島線までを中国の海とし、米国の接近を拒否する構えだ。それに対してアメリカはいち早く空母を派遣し、主導権をとり、中国本土を叩いてくれると日本は考えてきた。それが米戦略のエア・シーバトル (ASB)だと、少なくとも日本はとらえてきた。
ASBはアメリカの核抑止力が有効であることを前提に、通常戦力による軍事バランスを維持して紛争を抑止し、長期戦で中国の国力を疲弊させ、終戦に導く戦略だ。
だが、米軍の作戦は変化し、彼らは後退しつつある。中国にミサイル発射の徴候が確認されれば、米空母も海・空軍も第2列島線の東側に退き、眼前の敵には日本が立ち向かう構図に、現在なっているのである。
日本の防衛の根本的見直しが必要なのは明らかである。自衛隊は装備も隊員も圧倒的に不足している。憲法も自衛隊法も専守防衛の精神にどっぷり浸り、自衛隊の行動と攻撃能力は厳しく制限されている。これでは日本は守れない。
オバマ政権も日本も手をこまねいた結果、中国は多くの分野で優位性を手にした。2020年の東京オリンピックまでに日中の軍事力の差は1対5に拡大する。中国圧倒的有利の状況が生まれるのだ。
このような危険な状況に日本が直面していることを国民に率直に伝えるのが政府の役割だ。中国の攻撃力、その膨張の意志の凄まじさを共有できれば、国民は必ず賢く判断する。
国民と共に考える状況を作り、そのうえで、恐らく誰よりも一番戦争を回避したいと念じている自衛隊制服組の声に耳を傾けることが大事だ。戦争回避のために必要だと、彼らが考える防衛装備と人員を整え、防衛予算を倍増する程の大規模改革を急ぐときだ。