「 イスラム国への核兵器使用に言及するトランプ氏を生み出した米国の変貌 」
『週刊ダイヤモンド』 2016年4月2日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1127
ドナルド・トランプ氏の勢いと暴言はどこまで続くのか。3月23日、氏はイスラム国(IS)への戦術核兵器の使用に関して「どんな可能性も排除しない」と驚くべきことを語った。
バラク・オバマ大統領もヒラリー・クリントン氏も直ちに、「非生産的で米国の価値観に反する」「全てのイスラム教徒を悪魔扱いする攻撃的で扇動的発言」と批判した。
暴言で敵をつくり、対立構図の中で支持を獲得するトランプ氏の手法は顰蹙(ひんしゅく)ものだ。いまや米国の多くの家庭で、親たちは子供たちにトランプ氏のような汚い言葉遣いで他者をおとしめてはならないと言い聞かせていると、福井県立大学教授の島田洋一氏が指摘する。
米国の伝統的価値観を大事にする保守的な人々が党員の多くを占める共和党は、大統領選挙のみならず、同時に行われる上院議員および下院議員選挙でもトランプ氏の負の影響を被りかねない。現在、両院で優勢を保つ共和党にとって、トランプ氏は党の破滅につながる存在になりつつある。
なぜ、このような人物が支持を得るのか。それはオバマ大統領の7年間の無策への反動だとの分析が、いまや主流である。超大国の指導者のオバマ大統領が国際社会に対する責任を引き受けなかったところから、中国とロシアの蛮行が始まった。ISをはじめとするテロ勢力の跋扈も同様である。
そしていま、私たちは次の米国大統領が誰になるのか、戦々恐々の思いで見守っている。誰が大統領になっても問題の核心は1つ、オバマ大統領が事実上拒否し続けた国家の軍事力を「正しく」行使できるか否かである。
中国やロシアが侵略的攻勢をやめない背景には、周辺国を圧倒する軍事力を有していることがある。対する米国は世界最強の自らの軍事力を抑止力として活用すべきだったのだ。
南シナ海で中国が埋め立てを開始した2014年2月時点で、米国が断固たる拒否の意思を艦船派遣を通して見せていれば、南シナ海が中国の海になりつつある今日の事態はなかった可能性がある。
果たして次期大統領は、軍事力を抑止力として活用できるか。そのためには次期大統領は軍事を正しく理解していなければならない。
核兵器は戦争回避の手段である。あまりに危険であるために使えない兵器なのだ。トランプ氏のように、いきなり戦術核兵器の使用を示唆するなどもっての外である。
大統領候補指名争いに参加している人々の経歴を見て気が付くのは、全員に軍歴がない点だ。民主党のヒラリー氏もバーニー・サンダース氏も、共和党のトランプ氏もテッド・クルーズ氏も、全員そうだ。12年のオバマ氏対ミット・ロムニー氏の闘いは、1944年以来68年ぶりの軍歴のない政治家同士の闘いだった。かつては軍歴のない政治家、とりわけ大統領は批判されがちだったが、世界最強の軍事大国、米国は様変わりしたのである。
軍に志願すれば一般社会に出るのはその分遅れ、実績づくりも出世も遅れがちだ。それでも多くの米国人は、なぜ強大な軍事力が必要か、軍事力の究極の目的は抑止にあり、軍事力を抑止力として生かすにはどのような慎重さが必要かを実地で学んだ。そのような体験をした人物が1人も候補者の中にいない。
ISへの核使用という軍事力むき出しの考えを示唆するトランプ氏を生み出した背景に、いかなる軍事力の活用にも否定的だったオバマ大統領の存在がある。両氏共に指導者としては失格だと思うが、中国やロシア、ISはこの米国の混乱を利用しようと身構えている。このような時代だからこそ、私たちはこれから自国の防衛をどうすべきかを真剣に考え、自衛力を強化しなければならないのである。