「 一見平和な日本、だが千葉沖に中国の脅威 」
『週刊新潮』 2016年2月25日号
日本ルネッサンス 第693回
千葉県銚子市、九十九里浜沖で中国の情報収集艦が頻りにデータを取り続けている。その理由を、東海大学教授の山田吉彦氏はインターネット配信の「言論テレビ」の番組で次のように説明した。
「温暖化で潮流も海水温度も変化しています。黒潮(フィリピン東方から台湾、南西諸島、日本列島の南岸から、銚子沖に走り太平洋に溶け込む潮流)は時速約3海里、大体5・6キロ。その流れに乗る形で気づかれずに日本に接近するためのデータ収集です。彼らは日米の潜水艦が展開する海域も探っています」
番組で同席した元防衛庁情報本部長の太田文雄氏が付け加えた。
「船から潜水艦を探知する手懸かりは音です。音は水中では、水温、圧力、塩分濃度によって上方向、或いは下方向に曲がって伝わります。上下方向の音の間をシャドーゾーンと言うのですが、ここに潜水艦が入ると、船からの探知は難しい。九十九里浜沖の海洋調査は潜水艦を運用する際の戦術を立てるためでしょう」
日本人は皆、日本は平和な国だと信じて暮している。しかし、銚子沖まで中国船が迫っている事実を知れば、この平和の脆さが懸念される。
山田氏が語った。
「中国海軍の情報収集艦はかつて津軽海峡を日本海側から1往復半して太平洋側に出て、三陸沖をゆっくりと南下し、房総沖、奄美大島海域で往復しました。海上保安庁発行の海図は極めて正確で、皮肉にも中国がそれを元に実際に行動を起こすとき、どう動くのが最善かを探るために調査しているのです。
すでに彼らは黒潮の最終点まで調べ上げています。千葉沖まで来ているのは、いつでも東京を取り囲んで、照準を合わせられることを意味します。2年前の秋、小笠原周辺海域に数百隻の漁船が集結しました。漁民が持ち帰ったデータも中国の海洋戦略の基礎資料になっているはずです」
中国はいま東シナ海戦略を大胆に変え、最も危険な状況が生まれていると山田氏は警告する。人民解放軍海軍のフリゲート艦がミサイルや大型の攻撃装備を外して海警局に払い下げられた。船体を白ペンキで塗ってもその実態は機関砲を備えた軍艦であり、海保は太刀打ちできない。
第3列島線制覇
海保の大型船は精々1000トン級だ。南西諸島には6隻配備されていたが、安倍政権が4隻増やして10隻体制にし、3000トン規模の船を2隻加えて12隻体制にする。
中国の新造艦、海警2901は1万2000トンだ。彼らは同型の強力なエンジンを10隻分、ドイツに発注済みだと山田氏は説明する。
1万トンを超える船は海保にはない。海保の大型船は1000トン規模である。海上自衛隊にはあるが、限られている。護衛艦でわが国最大の「ひゅうが」「いせ」が1万3950トン、補給艦の「ましゅう」「おうみ」が1万3500トン、砕氷艦の「しらせ」が1万2500トンである。
海保の新しい巡視船の砲は以前と同じ20ミリ機関砲、射程は2キロである。海警2901の砲は76ミリと30ミリ、射程は10キロを超える。
東シナ海における中国の態勢強化はどのような戦略の変化を意味するのか。再び山田氏が語る。
「海保が尖閣諸島海域を守り続けているのに対し、中国は何百隻もの漁船を入れてくるでしょう。漁船は軍と一体の工作船で、乗組員は軍人と考えてよい。大挙して押し寄せる彼らに海保は振り回され、その海保を射程10キロの砲をもつ海警2901が威圧します。彼らは尖閣諸島海域にとどまらず、東シナ海全域の制覇を狙うでしょう。ガス田開発と称して次々に建てたプラットホームの全てが洋上基地になり、ヘリコプター2機を搭載する海警2901が加わり、洋上基地が中国本土の基地と事実上合体します。ここから東シナ海略奪戦略がはっきり読み取れます」
中国の海洋戦略には第1列島線と第2列島線に加えて、2040年までの第3列島線制覇という大目標があると、太田氏は注意を喚起する。
「12年6月に人民解放軍のシンクタンク、軍事科学院が発表した強軍戦略には、国益擁護に必要な海は南緯35度以北、東経165度以西と定義されています。ウェーク島、ミッドウェー、ハワイ両諸島などは外れますが豪州とマリアナ、パラオ、ソロモン各諸島などの殆どが入ります」
07年、中国は米国に太平洋をハワイで2分しようと初めて持ちかけた。それが強軍戦略に書き込まれ、現在新型大国関係として、習主席がオバマ大統領に合意するよう促し続けている。その先に習主席の「偉大なる中華民族の復興」がある。
彼らの野望は89年以来の軍拡に支えられている。10年から3年間で彼らは第4世代の戦闘機10個飛行隊分を増強した。太田氏の解説だ。
「10個飛行隊は日本の航空自衛隊が保有する第4世代戦闘機の総数と同じです。凄まじい軍拡の結果、第4世代戦闘機の日中比は15年時点で293対731になりました」
第4世代の戦闘機F-15は日本の最新鋭機だ。日本保有の全機を中国は3年で作った。彼らの次の目標に第5世代戦闘機の開発がある。アメリカはすでにF-22、或いはF-35の第5世代戦闘機を実戦配備すべく準備中だが、中国がその技術をサイバー攻撃で盗み取ったと、米中経済安全保障調査委員会が非難した。
海自と海保の連携
盗みを含めて彼らは国の内外で何でもする。国内で習主席は軍事大国化のための荒療治に乗り出した。地域毎に独立していた7大軍区制を潰して5大戦区を創設、陸海空の縦割りを超えて統合運用制に切り替えた。有無を言わせず江沢民人脈を断ち切り、近代的統合運用で効率的な軍としての再生を目指す。
彼我の力の差が拡大する中で、日本は何をすべきか。日米同盟はまず第1に重要だが、アメリカは中東情勢と大統領選挙で手一杯だ。日本を守るのは日本国であることを、これ以上ない程明確に認識することだ。
海自と海保の連携強化の妨げもなくすべきだ。一例が、海保に軍隊の機能を営むことを禁じ、海自との連携を妨げる海上保安庁法25条の改正であろう。石垣島から160キロ、急行しても3時間余りはかかる尖閣諸島海域で海保の燃料が少くなったとき、25条ゆえに海自の補給を受けられず、一旦、石垣島に戻って補給を受け、再び尖閣の海にとって返すというのが現状だ。なんという時間と労力の無駄、なんという非効率か。どの国も海軍とコーストガードは一体となって海と領土を守る。日本も同様であるべきだ。これは法改正だけで1円もかけずにすぐ実行できる。
日本を守るための人員と装備も増やし強化すべきだ。千葉沖に迫る中国船を想定すれば、海保と自衛隊の予算を、大幅に増やさずしてどうするのか。