「 翁長知事完全敗北で沖縄の新未来 」
『週刊新潮』 2016年2月4日号
日本ルネッサンス 第690回
全国的に注目された沖縄県宜野湾市の市長選挙で1月24日、同市の抱える普天間飛行場の返還実現を訴えた現職の佐喜眞淳氏(51)が、新人で翁長雄志知事の支援する志村恵一郎氏(63)を破って、大勝した。
約2万7700対2万1800、5900票差の勝利を現地紙『沖縄タイムス』は「圧勝」と書いた。普天間返還と辺野古への移設がセットで語られる状況で、現地紙は佐喜眞氏に厳しい論評を掲載し続けた。それでも、「圧勝」と書かざるを得ない勝利だったということだ。
過去の選挙同様、宜野湾市長選挙も国と県の代理戦争だった。飽くまでも普天間の辺野古への移設を阻止しようとする翁長知事は、選挙戦が始まると毎日応援に駆けつけ、選挙カーに10時間乗る日もあったと、『朝日新聞』は報じた(1月25日、朝刊)。
「そこまでしても、翁長さんの主張が通らなかったのは、本土との対決だけが目標のような頑なな政策ゆえだと思います。普天間飛行場を1日も早く移設して、周辺の安全を確保するのが知事の責任ですが、普天間問題を人質にしたかのような、安倍政権との対決姿勢は、合理的な問題解決を望む人々には通用しないと思います」
こう語るのは、石垣市長の中山義隆氏だ。
各紙には、安倍政権が支援する佐喜眞氏の勝利は自公両党が全力で票を掘り起こしたからだとの分析が目立つ。逆にこの選挙では共産党ファクターが働いたということか。
「出陣式の日、佐喜眞陣営に集った人数は相手方よりずっと少なかったのです。志村陣営には共産党系の運動員がドドッと入っていました。運動員の数の多さは目で見ればわかりますが、資金の方はよくわかりません。それでも相当の資金が共産党から出ていると思われました。このような現実に、公明党が発奮したのではないでしょうか。もうひとつ、佐喜眞氏の勝因は下地幹郎氏が最終段階で佐喜眞氏側についたことです。この人は自公共闘体制に反発して自民党を離れたわけですから、自公が支える佐喜眞氏側につくのは必ずしも本意ではなかったかもしれません。それを説得したのが二階俊博氏だといわれています。下地氏が宜野湾市で握っているといわれる票は約3000ですから、大きかったと思います」
こう語るのは、沖縄経済同友会副代表幹事の渕辺美紀氏である。
佐喜眞氏自身に聞いてみた。
「私の再選は文字どおり、皆さんのおかげです。自公両党にはしっかり支えていただきました。同時に圧勝とされた結果は、基地問題しか課題がないかのような現在の沖縄政治に疑問を抱いている人々が少なくないということだと思います。基地に関しては、私は一貫して沖縄の負担を目に見える形で減らしていくことに力を注ぎましたが、その他に、子育て、経済をどうしていくのかをずっと訴えてきました」
日米両政府は米軍専用基地の75%が沖縄に集中している事実を改善すべく、沖縄県に返還できる基地の洗い出しを行ってきた。普天間の辺野古への移設に伴って、嘉手納基地以南の基地の全面返還、北部の訓練場の返還などで75%が50%を割ることになる。
全面一括返還
しかし、日米両政府が返還しようとすると、現地メディアを筆頭にさまざまな理由で反対論が湧き起こる。その声は「全面一括返還でなければならない」という主張なのである。
全面一括返還は日米安保条約を根底から覆すもので、日本の現状から見れば応じられないのは明らかだ。そのような要求をするメディアや政治家は、中国の脅威には全く目を向けていないのであろう。
もうひとつ、土地返還に対して生ずる反対論は経済的な要因だ。沖縄の地代は、戦後の地価上昇よりはるかに高い上昇率で上がってきた。地代で暮らす人々への対応は、現実の政治が直面するもうひとつの壁である。
沖縄の人々の多くは、本音のところではこうした事情を理解している。政治は理屈だけではないからこそ基地問題は難しい。佐喜眞氏はその点で、相手陣営に票を入れた2万1800人のことを想ってこう語る。
「これはメディアが盛んに書き立てていることですが、沖縄は虐げられているという感情があるのです。政府と県の対立の中でそのような感情がさらに掻き立てられ、とりわけ高齢者層にその被害者意識は強くなったと思います。市長としての私の仕事は、これからの具体策を通して、こうした虐げられる沖縄という感情を如何に癒やし、変えていくことが出来るかという点につきます」
今回の市長選挙を見て、私は沖縄の政治的空気はこれから大きく変わっていくのではないかと思う。
9対2の対立
沖縄にある11の市の内、革新系市長は名護市と那覇市のみである。残り9市の市長は保守系だ。彼ら9人は前回の知事選で仲井眞弘多前知事を支えた。翁長氏を支えるのは名護と那覇の市長だけである。
9対2の対立の軸は、イデオロギーに縛られずに合理的解決を目指すことが出来るか否かということだ。基地は一括でなくとも着実に返還し、中国の脅威に対処するための国防力を米軍との協調体制の下で作っていく。その一方で、沖縄の経済的自立性を高めていく。そうした理に適った施策が、これからは受け容れられていくのではないかと思う。
日本の現状だけでなく、アジア全体を考えれば、安倍政権の描く外交が機能する土台が出来つつある。
台湾の選挙では野党・民進党の蔡英文氏が国民党のエースと評された朱立倫主席に300万票の差をつけて、大勝した。国民党は中国共産党と、いわゆる92年合意の存在について合意し、中国はひとつだとする立場をとる。巨大な中国と、中国の人口の2%しか擁しない台湾がひとつの国だと認めることは、台湾が中国に併合されることを是とするということだ。だが、民進党はその点を明確にはしていない。
92年合意を肯定しない民進党の目を見張る程の大勝は、中国にとってどれ程苦々しいことか。彼らが主張する第1列島線の中心点が台湾であり、第1列島線を押さえることが中国の世界制覇の基軸であることを考えれば、台湾の政権交代の意味は計りしれない程大きい。
その蔡氏が勝利を受けて行った記者会見で、氏は外国要人の固有名を1人だけ挙げた。安倍晋三首相である。南シナ海問題で守るべきは国際法であり、航行の自由、平和的話し合いであると語り、「日本の安倍首相とはコミュニケーションをとっている」と語ったのだ。
中国の蛮行を抑止するのに欠かせない台湾の協力、米軍との合理的協調に欠かせない普天間の解決、風は日本に吹き、中国には逆風である。