「 国際社会に無関心な米国の堕落 頼れない日本の生きる道は憲法改正 」
『週刊ダイヤモンド』 2016年1月30日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1118
連日、米大統領選挙に関する情報がにぎやかだ。共和党候補の1人、ドナルド・トランプ氏の極論や民主党有力候補のヒラリー・クリントン氏との舌戦は、米国の混迷の深さを示している。
泡沫候補と評されていたトランプ氏が、なぜこうも高い支持を受け続けるのか。背景には過激派組織「イスラム国」(ISIL)をはじめとするテロリスト勢力の跋扈と、そこから生まれた大量の難民を原因とする社会・経済問題がある。
EU(欧州連合)諸国内に流れ込んだ100万人規模の難民の中に、昨年11月にパリを襲撃した犯人たちが紛れ込んでいた。難民問題への不安と不満が排他的主張の仏・国民戦線、ル・ペン党首への支持を押し上げる直接の原因となった。
いまやフランスの大統領選挙の最有力候補となったル・ペン氏同様、米国でトランプ氏が、そしてその他EU諸国で右翼的路線を標榜する党派が支持を得ているのには、ル・ペン氏が支持を高めたのと同様の要素がある。
さらに1歩踏み込めば、戦後の国際社会の秩序が崩壊し始めた一方で、秩序回復の兆しが全く見えないことがある。先が読めない国際社会の不安を駄目押ししたのが、1月13日のオバマ米大統領の一般教書演説だった。
オバマ大統領にとって今年の一般教書演説は、任期中最後のものとなる。2期8年間、初のアフリカ系大統領として、超大国米国の歴史に何を残すのかを明らかにする演説だったが、読んで本当に失望した。オバマ氏にはそもそも大統領として国家を担う資格があるのかと、うんざりする思いでもある。
大統領が語ったのは、ほとんどが国内問題である。万人に公平な社会、世界の警察ではない米国だが、米国民の安全をいかに保つか、最善の政治をどう実現するかというテーマを挙げて、教育、貧困、経済、がん治療、排出ガス等、個々の問題を論じている。
これら全てが政治にとって大事な課題であるのは確かだが、それにしても米国よ、超大国よ、国際社会の外交、安全保障をどう考えるのか、国際社会に対する責任をどう果たすのかと、問いたくなる。
米国が「世界の警察」をやめると宣言した2013年から、ロシアと中国の膨張、テロリストの暗躍が加速したことについて、まるでひとごとのように述べた。「中東は1000年もさかのぼる紛争に端を発した変革を、これから長い年月、たどるであろう」と。
確かに中東の混乱と紛争の根は深い。しかし、10年末に始まった「中東の春」と呼ばれる一連の政権崩壊は、オバマ政権が傍観したことでより深刻な問題となり混迷につながった。その自覚が全くないのだ。国際政治に対する恐るべき無関心である。
演説では南シナ海問題にも東シナ海問題にも、一言も触れていない。それだけでなく米国の不介入政策について、「(問題を抱える)全ての国を管理・再建することなどできない。それはリーダーシップではない。(介入は)単に泥沼に足を取られ、米国人の血を流し、米国の財政を弱体化するだけだ。ベトナムやイラクでの教訓をわれわれは学び取らなければならない」と語った。
南シナ海での中国の蛮行、クリミア半島を奪ったロシアの蛮行に目をつぶり、国際社会の秩序回復のための軍事介入を、破綻国家の占領と再建であるかのようにすり替えている。加えて、ブッシュ前大統領を含む先人たちの軍事力行使を皮肉な表現で批判している。
残りの任期はあと1年。その間オバマ大統領は事実上、何もせず、機能もしないだろう。中国が軍の組織改革を進める一方でサイバー、ミサイル分野の強化に余念がない今、日本は米国に頼らず、自力を強化することが急がれる。その軸はどう考えても憲法改正ではないだろうか。