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2015.12.19 (土)

「 遺稿集を読んで考えた 車谷長吉さんの感性と生き方 」

『週刊ダイヤモンド』 2015年12月19日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1113

師走に入って車谷長吉(くるまたに・ちょうきつ)さんの遺稿集、『蟲息(ちゅうそく)山房から』(新書館)が届いた。
 
車谷さんには1度しかお目にかかっておらず、「さん」でお呼びするのはおかしいかもしれない。にもかかわらず、その佇まいには「氏」と呼ぶよりも、「さん」付けの方が似合っているように思えて、あえてそうさせていただく。
 
車谷さんにお会いしたのは10年前だった。昭和20年生まれの戦後第1世代が60歳の還暦を迎えるから、同年齢の者たちで対談せよと、「文藝春秋」から依頼があったのだ。お相手の1人が車谷さん、そしてもう1人が現在自民党幹事長を務める谷垣禎一さんだった。
 
10年前の私は年齢を1つの基準として捉えることに違和感を覚えており、説得されて参加したが、渋々だったことを覚えている。だが、いま車谷さんの遺稿集を手に取り、小説やエッセー、俳句や連句、そして対談や鼎談を読んでみて、私は反省し後悔しているのである。なぜ、渋々でなく、もっと前向きにお会いしなかったのか、と。なぜ、車谷さんの深い感性に反応できなかったのか、と。
 
車谷さんは幾度も書いている。「作家などという者は、極楽往生できない者だ」と。玄侑宗久氏との対談では、和辻哲郎(わつじ・てつろう)が「人間の崇高さとは何か」を一生のテーマとしたのに対し、車谷さんは「人間の愚かさとは何か」をテーマにしたと語っている。
 
自身を含めて人間は愚かだと考える彼は、愚かな者に向ける冷徹な視線で他者を捉え私小説を書いた。自身に向ける視線としてはそれでよいが、その冷徹さが他者に向けられるとき、「それはとても怖いものになりますよね」と、玄侑氏が指摘している。
 
なぜそんなに冷徹になるのか。車谷さんは語っている──「私がひたすら文学に求めてきたのは救済です」「神様、どうかこの愚かな人間どもを許してやって下さい。とくにこんなことを書く私が1番愚かです。許して下さい、という気持です」。
 
自らを最も愚かだと自覚していても、他者も愚か者と位置付けて書く。しかし、ほとんどの人は自分が愚かだとは考えない。従って、車谷さんが書き、衝突が生じ抗議が発生する。それでも書く。彼は「神様に向かって書いているんです」と語っている。玄侑氏は「その前に人間に向かって書くべきだ」と主張するが、車谷さんは「やはり神様に向かって書いているんです。だから思ったことが書けるんです」と言う。何という強さであろうか。しかし、こうも付け加えている。

「神様は私を罰することもあるとは思いますけど」
 
物書きは誰に向かって書くのか。神か、人間か。車谷さんは私小説をやめたが、難しい問いだ。
 
死後についてはこう書いている。

「私の母・信子はいま85歳である。元気に田んぼ仕事をしている。秋の稔(みの)りの季節が来ると、この母が田んぼの稲田の中に立って、『あっ、ここがうちの極楽や。うちはいま極楽の中に立っとんや』とよく言う」

すっと心に染みる。日本人の心の奥に、魂の古里として息づいている実りと感謝の風景である。亡くなったこの母上も、悪いことは一切しなかった父上も、極楽に行っただろうと車谷さんは書いたが、作家である自身は死後は必ず地獄へ行くと確信している。そしてこう願うのだ。「70歳になったら、も1度、四国へお遍路へ行きたいな」。
 
17歳のとき初めて森鷗外(もり・おうがい)の『高瀬舟』『阿部一族』を読み、次に夏目漱石の『こころ』を、2日ほどの間に読み、世界が変わったと車谷さんは振り返っている。「光の色が違って見えたとき、自分が救われたような感じを受けた」と。同年の作家の世界を変えた鷗外(おうがい)と漱石を、冬休みに、何十年ぶりかで読んでみようという気になった。

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「 遺稿集を読んで考えた 車谷長吉さんの感性と生き方 」

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