「 史上初となる女性総統の可能性高い蔡民主進歩党主席が語る台湾の将来 」
『週刊ダイヤモンド』 2015年10月17日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1104
10月6日、台湾の最大野党で台湾人の政党である民主進歩党主席、蔡英文氏が来日し、夜の会合でお会いした。
氏は目下、来年1月の総統選挙の民進党候補者として与党国民党候補者を抑えてトップを走っており、台湾史上初の女性総統となる可能性が高い。
氏には、9月18日にも台北の安全保障協会主催の「両岸関係とアジア太平洋地域国際平和セミナー」でお会いした。氏はセミナー冒頭で「台湾の安全保障」を語ったが、内容は台湾の経済力の強化だった。中国の脅威も軍事もほとんど語らず、専ら経済問題に集中した。製造業をいかに強化するかという抱負は、現在、過度に中国に依存している台湾経済をいかに中国離れさせるかという思いに他ならない。
ジャケットにスラックスといういつものシンプルな装いで語る氏を見詰めながら、私は4年前、氏が総統選挙に挑んだときのことを思い出していた。学者っぽさが抜け切らず、この女性が本当に政治家になり切れるのかと、正直、思ったのが4年前だった。
しかし眼前の氏は台湾全土を行脚した月日を感じさせ、逞しいまでに成長していた。声は以前よりずっと力強く、おなかから出ていた。聴衆を眺めわたす表情には貫禄があった。時折聴衆を笑わせるすべも身に付けていた。
「鍛えられたんだなぁ」という印象を抱いて、私は帰国した。そして、東京で再び氏の講演を聞いたのだ。氏はいきなりこんな表現でスピーチを始めた。
「現在の蔡英文は4年前の蔡英文ではありません」
同感である。氏は続けた。
「私はこの4年間、全国を歩きました。雲林県では養豚業者と一緒に豚に餌をやり、台東のトウモロコシ農家ではわらの山に座って語り合いました。中小企業の製造現場では職人と共に機械をいじりました。私の台湾経済強化策は机上の空論でなく、現場感覚に基づくものです」
日本での発言だけに、日本の協力がいかに台湾経済の伸長拡大に重要であるかを強調したが、彼女には日本も米国もこれまで以上に台湾を支援するという確信があるのだと思う。対中関係を友好的に保ちながらも、中国とできるだけ距離を置こうとする民進党の外交政策を、日米両国が全面的に後押しするとの言質を、いかなる形でか、日米両政府から得ているのではないか。
蔡氏は5月に米国を訪れ、台湾の政党代表として初めてホワイトハウスに招かれた。今回の来日は安倍晋三首相の実弟、岸信夫氏らの調整による。6日に来日し、8日には首相の地元、山口県を蔡氏は訪れる。同日、再び東京に戻って、翌日帰国し、10日には台北で行われる大会に参加する。
声明、契約という形の発表がなくとも、安倍政権との親密ぶりを内外に誇示する日程である。7月に来日した李登輝元総統が安倍首相と会談したように、蔡氏との会談もあり得るだろう。
日米両国にとって台湾が中国の影響下に入るのは好ましくない。南シナ海との関係で台湾の地政学上の重要性は計り知れない。台湾は事実上の独立国であり、その状態を揺るぎなく保ち続けることが、台湾国民の幸福であり日米両国の国益である。
馬英九総統は中国との統一に向けてひた走るかのような印象を与えるが、蔡氏と民進党には「独立」という言葉を用いずに、「独立」を維持する実力を付けてほしいというのが、日米両国の本音であろう。
会合の最後に私は蔡氏に尋ねた。台湾がTPP(環太平洋経済連携協定)に参加する可能性の有無と、馬政権下で各地の歴史遺跡に旧日本軍と日本への口汚い非難が刻まれてきたが、歴史的な事柄への正しい評価と、非難の言葉が不条理であった場合の削除の可能性の有無だ。いずれも、氏は「考えている」「可能だ」と語った。