「 民主党よ、安保法制で神学論争するな 」
『週刊新潮』 2015年9月17日号
日本ルネッサンス 第671回
平和安全法案を政府与党が採決すれば民主党は社民、共産両党などと共に内閣不信任案を出すという。社民、共産は兎も角、民主党は国民の命と日本国の安寧を一体どう守るつもりなのだろうか。かつて3年余にわたって政権を担当した政党が、いまや完全かつ無責任な野党に戻って、どのように国民に信頼されようというのか。
9月3日、戦勝70周年記念の軍事パレードで、中国は軍事大国としての地位を誇示し、米国を意識した射程距離の異なる攻撃用弾道ミサイルを誇らしく紹介した。習近平主席は式典当日、黒い人民服に身を包み、「日本軍国主義による中国の植民地化・隷属化の企てを徹底的に粉砕」したと誇った。抗日戦勝利の式典の影の主役としてまさに、「歴史の悪役としての日本」を強調し続けた。
中国がいくら日本を悪役に仕立てようとしても、アジア諸国が恐れるのは日本ではなく、軍事力拡大に一直線で進む中国のほうだ。民主党が絶対阻止すると言いたてる平和安全法制の実現を目指す安倍政権を、アジア諸国を含む44の国々が、高く評価し、歓迎し、早期成立を促しているではないか。
いま民主党が思い出すべきは、安保法制以前の日本、つまり現行法制の下でこれまで何ができなかったのか、その結果どれだけの脅威にさらされてきたかということだ。
元統合幕僚会議議長の西元徹也氏が指摘した。
「現行法制の大きな空白のひとつが、平時か有事か不明なグレーゾーンです。一例が97年2月3日に発生した鹿児島県#下甑島#しも こしき じま#事件です」
島に中国人密航者20人が上陸、住民が警察に通報し、青年団や消防団も参加して捜索したが、中国人は逃走した。一夜明けた4日、同島の分屯基地所属の航空自衛隊員30名が捜索に参加した。野外訓練の名目で、武器携行は認められなかった。西元氏が語る。
グレーゾーンの穴
「自衛隊の治安出動(自衛隊法81条)には内閣総理大臣の命令または知事の要請が必要です。出動は『治安維持上重大な事態』、『やむを得ない』場合に限定されており、その認定は難しいことが予想されます。苦肉の策として野外訓練名目で自衛隊が出て、全員を拘束したのですが、この行動は法的根拠を欠くとして批判されました。しかし、密航者が工作員だったり武装していた場合、警察や消防団では危険すぎます。自衛隊員は訓練されているとはいえ、丸腰で派遣されて無事にすむのか。このグレーゾーンの穴は早急に埋めなければなりません」
99年3月24日、能登半島東方沖の日本領海に出現した2隻の北朝鮮の工作船の事例も深刻だった。海上保安庁の追跡から2隻は高速度で逃走、政府は戦後初めて海上警備行動(自衛隊法82条)を発令し護衛艦と哨戒機P3Cで追跡した。海上警備行動が発令されても攻撃されない限り自衛隊は武器を使えない。追跡しかできない。その結果、2隻とも北朝鮮の清津に逃げおおせた。
多くの日本人は船で拉致されている。この船の中に日本人が拘束されていた可能性もあるが、現行法では彼らの侵略を止めることは不可能だ。
中国の公船が尖閣周辺のわが国の領海に侵入し始めたのは、民主党政権のときだが、潜水艦はそのずっと前から領海侵犯をしている。04年11月10日、中国の漢級原子力潜水艦が沖縄県石垣島と多良間島の間の日本の領海を侵犯した。小泉純一郎首相は戦後2度目の海上警備行動を発令した。自衛隊は空と海から追跡し、ソナーを投げ込み浮上するよう警告し続けた。が、潜水艦はこのときもひたすら逃げ、一度も浮上せず、山東省青島の港まで逃げ切った。
他国なら明確に武力行使で捕えるケースだが、わが国は追いかけるだけだ。日本の憲法や自衛隊法を研究し尽している中国も北朝鮮も、自衛隊が手足を縛られ武力行使できないと知っているからこそ侵略を繰り返す。追い詰められても、彼らは自衛隊に攻撃されずに自分たちが先に攻撃できることを知っている。
国民を守るにせよ、海を守るにせよ、自衛隊員はまず自分の身を危険にさらさなければ使命は果たせない。平和安全法制で自衛隊員のリスクが高まると非難する政党があるが、それは真逆である。中国の侵略的意図の前で、自衛隊員にまず自らの身を危険にさらすことを強要する現行法制はおかしい。このことを政権を担当した民主党は知っているのではないか。
中国の軍事的脅威に対するには日本一国の力では不十分で、日米安保条約を機能させなければならない。このことに関して西元氏がかつての苦い経験を語った。
「21年前の94年3月、防衛庁で朝鮮半島有事に関する日米政軍セミナーが開かれました。米軍側は統合参謀本部、太平洋軍事司令部、在日米軍司令部、日本側は内局と統合幕僚会議が参加しました」
日本の防衛そのもの
「金正日の下で北朝鮮が『ソウルを火の海にする』と挑発し、IAEA(国際原子力機関)からも脱退するなど、緊迫する朝鮮半島情勢への対処が主題でした。米軍が自衛隊に後方支援を要請し、詳細な時系列展開計画を提出したのです」
彼らが明かした計画は詳細を極めていた。どの部隊がどの基地から、いつ発進して、どの港、もしくは空港にいつ到着するか、どんな手段で日本或いは朝鮮半島に到着するかも明記されていた。日本の後方支援があれば、この部隊の代わりに戦闘部隊を投入できる。事態はその分早く解決すると、非常に熱心に説明した。だが、当時、後方支援を想定した法律もなく断らざるを得なかった。
「米側は『これは日本の防衛そのものだ。何故できないのか』と激しく詰めよりました。こんなことでは、日米同盟はもたないと思いました」
極めて限定的であっても集団的自衛権の行使や後方支援は、徴兵制につながり憲法違反だと非難する民主党以下野党は、中国の脅威をまともに見ることもせずに、憲法学者らの意見に頼って主張を展開する。だが、彼らがその意見を尊重する慶應義塾大学名誉教授、小林節氏は6月22日、衆議院特別委員会でこう語った。
「我々は大学というところで伸び伸びと育ててもらっている人間で、利害は知らない。条文の客観的意味について神学論争を伝える立場にいる。字面に拘泥するのが我々の仕事で、それが現実の政治家の必要とぶつかったら、それはそちらが調整してほしい。我々に決定権があるとはさらさら思わない」
政治家は学者の神学論争に頼って机上の空論を展開するのでなく、国際社会の現実を見て、国民の命と国家を守り通すための判断をせよということだ。