「 最善策は騙し、中国外交の本質を見よ 」
『週刊新潮』 2015年7月30日号
日本ルネッサンス 第665回
『中央公論』8月号に中国『人民日報』元論説委員の馬立誠氏が「中日の和解なくして東アジアの安寧はない」を寄稿した。同論文で氏は日中間に、➀平和、➁反省、➂寛容を求めている。
➀で氏は、「ある国は口では平和を唱えて、実際には武力発動を準備する」「こうしたやり方は、平和を謀略とするものであり尊ぶに値しない」と中国批判ととれる主張を展開する。
➁では一転して「日本は加害国」「深く反省」すべきだ。『朝日』の世論調査では「日本人の74%が『村山談話』を妥当とみなし」ているとして、村上春樹氏の「日本は繰り返し謝罪すべき」とのコメントも引用し、戦後70年のいま、村山談話と謝罪が重要だと強調する。
➂の、寛容が和解の母だという指摘は中国向けであろう。
日中双方に厳しい要求を突きつけながらも、氏は論文を通じて両国関係の善き面のみの紹介に努めている。日本政府は戦争について25回謝罪し(実は日本側は60回以上も謝っている)、2007年の温家宝首相のように中国政府は日本政府の謝罪を評価しているとして、毛沢東、周恩来、鄧小平の日本賛辞の言葉も紹介する。「日本は軍国主義ではない」と、反日で凝り固まった中国では中々言えないことも述べている。
氏の論文は、日本人の対中警戒心を解き、日本が謝罪し許しを乞えば中国は応じ、和解をもたらすという希望的観測へと読者をいざなう。
はたして、そうなるだろうか。13年前、氏は「対日関係の新思考」を『中央公論』『文藝春秋』両誌に寄稿し、「事実に即して言えば、(日本は)アジアの誇りである」と、驚くべき見解を披露した。反日の嵐の中での勇気ある主張に私は感動し、氏を取材した。そのときすでに氏は批判をうけて『人民日報』論説委員の職から外されていたのだが、私は「新思考」が江沢民主席の事実上の了承の下で書かれたことを確信した。
中華大帝国を築く陰謀
政権トップが対日友好の論文発表を認めたにも拘らず、日中関係は悪化し続け、現在、対日歴史捏造は広く国際社会に定着しかかっている。一体この間、日中関係はどう動いたのか。中国共産党は反日路線を走りながら、親日路線という異なる球を日本に投げ、日本がそこに希望を見出し譲歩すると、日本の譲歩を足がかりにして、さらに日本を追い込んだのではないか。その積み重ねの中で、歴史の捏造が進み、日本が認めようが認めまいが、捏造した歴史の大記念館を中国にも米国にも建て、「侵略国日本」の悪評を国際社会に広げたのではないか。
戦後70年の首相談話の直前というタイミングで、馬論文が発表された。論文は日本に深い理解を示し、日本人の共感を得つつ、それでも国際社会及び日本国内の世論の力を借りて安倍晋三首相の謝罪を求めている。このことを、どう考えるべきか。
馬氏が公正な言論人であると認めるにしても、中国共産党政権は馬氏を使える駒のひとつと見ているのではないか。米国随一の中国通で親中派でもあったマイケル・ピルズベリー氏の著書『百年マラソン』を読むと、尚その思いは強まる。
ハドソン研究所中国戦略センター長を務める氏は40年以上、毎年中国を訪れてきた。中国人民解放軍をはじめ権力中枢に人脈を有し、中国政府の内部資料も余人の追随を許さない程に入手し、精読したという。氏はそのために対中宥和政策を推進するパンダハガーという蔑称にも甘んじてきた。
その氏が、自分は40年間騙されていたと激白したのが先の書である。「百年マラソン」とは、共産党政権樹立から100年後の2049(平成61)年までに米国を排除し、中華大帝国を築くという陰謀を指す。
右の書の冒頭に米国が抱いた5大幻想が書かれている。第1の幻想は、中国を敵視せず交流を増やす関与政策によって、中国が西側諸国と協調する国になるというものだ。彼は「我々のバラ色の期待はほぼ全て裏切られた」と語っている。
第2の幻想は中国は民主主義国になるというものだが、実際は中国共産党の支配はこれからも続き、独裁的資本主義国になると氏は見る。
第3の幻想は氏の苦い告白と共に綴られている。1996(平成8)年に訪中したとき、中国側が驚く程率直な意見を吐露した。中国は深刻な政治的、経済的危機の只中にあり、国家崩壊の危険性が増大しているという内容だった。
「中国政治局の秘密主義からして、これらの専門家の誠実さと予測に心底、驚いた。そして私はこの脆弱な中国を米国が支援すべきだと強く主張した」と、氏は振り返る。
米国に対する復讐
実は、同じような「率直」な説明が米国各界の要人に行われ、その結果、国防総省のシンクタンク、ランド研究所さえも中国を支援すべしと主張した。米国が中国に自由選挙の実施を強く求めすぎたり、反政府活動家の釈放、法の支配、少数民族の公正な取り扱いなどを要求しすぎると、中国は内部から崩壊し、アジア全体を揺るがし兼ねないと米国人は恐れたというのだ。
だが、「米国が中国の悲哀を心配し、あらん限りの援助を与えている間に、中国は経済規模を2倍以上に拡大した」と氏は苦々しく述懐する。
中国人は米国人のようになりたいと思っていると、米国人が考えたのももうひとつの幻想であり、中国の野望に全く気づかなかったことも米国の誤算だと、氏は悔やむ。クリントン政権下、氏は国防総省で中国に関する特別検証を担当した。このとき初めて、中国政府が米国を欺いて情報、軍事、経済のあらゆる面で米国の支援を受けつつ力をつけ、2049年の中国共産党100周年までに米国に取って代わるという目標を掲げていたことを理解した。目標達成の最も効果的な方法は、中国の意図を悟られないよう米国を騙し、中国の必要とするあらゆるものを手に入れることだと氏は納得した。報告書をまとめたとき、氏の分析を信じたのはCIA長官のテネット氏だけだったという。
中国の覇権確立が意味するものは、米国に対する復讐とでも言うべき国際社会のあらゆる体制の転換と価値の変質だと、氏は強調する。希望的観測に満ちた馬論文と、極めて詳細な資料に裏づけされたピルズベリー氏の主張を併せ読み、習近平政権が国際社会で対日攻勢を強めている現実を見れば、馬論文は霞んでしまう。
安倍外交はこの中国の正体を見て行わなければならない。にも拘らず、外務省は東シナ海ガス田での中国による侵略的開発も伏せたまま、ひたすら日中関係の改善をはかろうとしている。外務省主導の外交に強い懸念を抱くのだ。