「 安保法案が衆議院通過 反対一色の朝日新聞に湧く疑問 」
『週刊ダイヤモンド』 2015年7月25日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1093
集団的自衛権の限定的行使容認を可能にする平和安全保障関連法案が7月15日、衆議院特別委員会で可決、16日には衆院本会議で可決され、参議院に送られた。
野党各党はこれを「戦争法案」と呼ぶ。「朝日新聞」は16日朝刊で政治部長の立松朗氏が署名入りで「熟議 置き去りにした政権」の主張を展開した。1面に「安保採決 自公が強行」、2面に「首相突進 異論に背向け」の大見出しを掲げた。1面から4面までと社会両面の6面ほぼ全てを、朝日は平和安全法制への反対論で埋めた。
唯一の例外が3面の賛否両論を対比する部分であろうか。成蹊大学教授の遠藤誠治氏が「中国などが日本に対抗する軍拡を正当化し、結果的に日本の安全は低下する可能性がある」と反対論を述べる一方で、慶應義塾大学教授の細谷雄一氏が今回の安保法制の「最大の目的は戦争を起こりにくくすることであり、国際社会の平和と安定を確立することだ。時代に合った新しい法整備は不可欠だ」と賛成論を述べた。
中国の軍拡は1989年に始まり、以来26年間も人類史上まれな凄まじい軍拡が続いている。この事実を見れば、遠藤説の破綻は明らかだ。細谷氏の論の方が的を射ており、この部分を除けば、朝日の6面にわたる大特集は一方的情報に満ちている。
そこにはいま平和安全法制が必要か否かを考えるための基本的情報が欠けている。国際社会の現状は米国が現行憲法を日本に与えた68年前とは決定的に異なる。米国は2013(平成25)年に「世界の警察ではない」と宣言、中国が軍事力を背景に膨張政策に走りパワーバランスが変化し、わが国の眼前にもその変化が及んでいる。
私は7月6日の「産経新聞」で、中国が南シナ海同様、東シナ海でも力を背景に日本の権益を侵害し続けていたことを報じた。
中国は90年代後半から昨年6月までの約20年間で、日本の反対を無視して、6カ所のガス田を開発した。おのおのに巨大なプラットホーム、3階以上の作業員用宿泊施設、ガスの精製工場、ヘリポートなどを建設した。だが、この1年間に彼らはガス田の開発とプラットホームの建設を急ピッチで進め、さらに倍増させていたのだ。
これらの施設は軍事転用が可能で、日本にとっては安全保障上も資源を守る上でも大きな危機である。中国がこうした大胆な侵略的行為に及んでいるのは、「世界の警察」をやめた米国は決して介入してこないと見て取ったからである。
日本の安全保障は、いまや、日本が主軸となり、その上で米国の助力を得る形へと変わらなければならない時代に入った。そのことを示すのが、東シナ海のガス田の現実なのである。
東シナ海での中国の侵略的開発は安保法制に関連する重要事態である。それを、朝日は7月16日朝刊の現時点まで、全く報じていない。情報開示や透明性を大声で叫ぶ朝日が、読者に対して出すべき情報を全く出さないのは、理解に苦しむ。
立松氏は、「政治の責任とはなんだろう」と問い、「安倍政権は合意形成をめざす『熟議』を置き去りにし」たと非難するが、朝日こそ合意形成に欠かせない情報を、「異なる立場」を超えて報じるメディアの責任を果たしていないのではないか。中国に不利益な情報を報道せず、安全保障環境の問題点を提示しないのでは、「熟議」はおろか基本的議論さえもできないであろうに、伝えるべき情報を伝えない朝日はメディアとして落第であろう。
かつて岸信介首相が日米安全保障条約を改定したとき、朝日は激しく非難した。岸首相の支持率は12%に落ち、不支持率は58%を記録した。だがいま政治学の専門家の多くが、戦後最も優れた首相に岸氏を挙げる。そのことを、心ある人は胸に刻みたいものだ。