「 福島第一原発の「吉田証言」で「朝日」と「産経」が全面対立 」
『週刊ダイヤモンド』 2014年8月30日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1048
3・11で福島第1原子力発電所所長として過酷な現場を指揮した吉田昌郎氏の調書をめぐって、「朝日新聞」と「産経新聞」が正反対の報道をした。「朝日」は5月20日、「所長命令に違反 原発撤退」の大見出しで、「所員の9割に当たる約650人が吉田氏の待機命令に違反し、10キロメートル南の福島第2原発へ撤退していた」と報じ、「産経」は8月18日、「命令違反の撤退なし」の見出しで朝日を全面否定した。
生前の吉田氏に長時間の取材をした門田隆将氏が、朝日報道が国際社会に投げ掛けた波紋について語った。
「朝日報道の結果、国際社会のメディアは福島第1で命懸けで働いた人々は実は逃げていた、『福島原発事故は日本版セウォル号だった。職員の9割が無断脱出』(韓国、エコノミックレビュー)などと非難し始めました。朝日はなぜ事実を曲げてまで日本をおとしめたいのかと考えてしまいます」
非公開の吉田調書を独自入手した上での両紙の報道がなぜ、これほど違うのか。「幹部社員を含む所員9割の『命令違反』の事実」(「朝日」5月20日朝刊2面)はあったのか否かを焦点に、両紙の報道を比べてみる。
朝日が命令違反が起きたとしたのは2011年3月15日のことだ。11日に大地震と大津波が起き、12日には1号機が水素爆発した。14日には3号機が爆発した。そして2号機も危機的状況に陥ったのが15日午前6時すぎだった。指揮本部の免震重要棟からも脱出しなければならないときだと判断した吉田氏は「各班は、最少人数を残して退避!」「(残るべき)必要な人間は班長が指名」と大声で指示した(門田隆将『死の淵を見た男』PHP研究所)。結果、職員の多くが第2原発に移った。朝日はその場面に関する吉田証言を以下のように報じた。
「本当は私、2F(福島第二)に行けと言っていないんですよ。福島第1の近辺で、所内にかかわらず、線量が低いようなところに1回退避して次の指示を待てと言ったつもりなんですが、2Fに着いた後、連絡をして、まずはGM(グループマネージャー)から帰ってきてということになったわけです」
これらが朝日の「所長命令に違反 原発撤退」という見出しになり、「幹部社員を含む所員9割の『命令違反』」があった、東京電力はこの事実を隠し続けていたとの報道になった。
他方、「『全面撤退』明確に否定」の見出しで、朝日報道を否定した産経は、前述部分の吉田証言をより詳細に以下のように引用している。
朝日が報じた「線量が低いようなところに1回退避して次の指示を待てと言ったつもりなんですが」の段落の後に、吉田氏は続けて次のように語っていたというのだ。
「線量が落ち着いたところ(場所)で1回退避してくれというつもりで言ったんですが、考えてみればみんな全面マスクしているわけです。何時間も退避していては死んでしまう。よく考えれば2Fに行った方がはるかに正しい」
2Fならマスクなしで体を休めることも可能だ。2F退避の判断は正しかったと言って職員を評価し、命令違反との認識など毛頭ないではないか。
吉田氏は、「撤退」という言葉は「使いません、『撤退』なんて」と言い、「本店から逃げろというような話は」と問われ「全くない」とも明言した。
氏が「撤退」と言ったかのように非難した菅直人氏らについて、「アホみたいな国のアホみたいな政治家、つくづく見限ってやろうと思って」と反発し、菅氏を「あのおっさん」「馬鹿野郎と言いたいですけども。議事録に書いておいて」とも語っている。
ここまで読めば、慰安婦問題と同じく、朝日はまたもや事実を歪曲したと言われても弁明できないだろう。朝日も主張するように、政府に、吉田調書の全面公開を求めたい。