「 クリントン国務長官の退任後懸念されるオバマ政権の中国政策 」
『週刊ダイヤモンド』 2012年11月17日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 961
2期目のオバマ政権の最重要課題の一つが、領土拡張の野望を隠さず、米国に挑む中国への向き合い方である。とりわけ注目すべきはクリントン国務長官が言葉通り来年1月に退任する場合のオバマ政権の中国政策である。
中国の習近平新体制の目指すところは依然として不明瞭だ。9月に突然、習氏が約2週間にわたって姿を見せなかったことについてさえ、情報がないのだ。閉鎖性の高い中国をめぐる外交を取り仕切ってきたのがクリントン長官であり、氏はオバマ政権1期目の対中政策を大きく変えた。米中2カ国が世界を仕切るべしとする2大国主義から、中国を米国の最大の脅威と位置付けアジア・太平洋への回帰を鮮明にした政策への大転換は、クリントン氏が「フォーリン・ポリシー」、2011年11月号に書いた論文そのものの対中外交である。
米国の中国政策は日本を直撃する。中国を最重要の戦略的パートナーと見なす立場から、最大の脅威と位置付ける方向への根本的変化は、不当な日本無視から日本重視への変更であり、日本には好ましい。
中国との対話を重視しつつも対決の構えも築きつつあるのが現在の米国であり、そのための準備が米国のアジア・太平洋新戦略である。
オバマ大統領は11年11月に豪州北部のダーウィンへの米海兵隊駐留を発表、豪州西海岸パースにある軍港スターリング、インドネシアの南にある豪州領のココス島をも米海軍が使用すると矢継ぎ早に発表した。
ココス島の先には米国が緊密な軍事交流を進めるインドがあり、米国、日本、東南アジア、豪州、インドをつなぐ米国中心の安全保障の陣形が浮かび上がったのだ。どの国も口にはしないが、これが中国に対する牽制の枠組みであることは、言わずもがなだ。
中国牽制のこの大戦略に対して、当初消極的だったのがオバマ大統領だ。クリントン長官の世界戦略なしにはオバマ大統領の対中外交はどのようになっていただろうか。
他方、中国は日米同盟にくさびを打ち込むべく対日非難に力を入れる。米国には元々、中国の日本非難に同調する価値観がある。日本を戦争犯罪国として裁いた東京裁判史観は、米国の知識層の中に存外深く、定着している。
一例が10月27日、早稲田大学大隅記念講堂で開かれた「米国の新アジア戦略、アーミテージ&ナイ白熱討論」である。アーミテージ元米国務副長官とナイ米ハーバード大学教授が早稲田の学生を前に行った討論と質疑応答が11月2日の「日本経済新聞」に紹介された。
ナイ氏は慰安婦の「強制連行」に関して「河野談話の否定など、1930~40年代を思い起こさせる行動はしないこと」が大事だと語り、アーミテージ氏は「尖閣諸島をめぐる問題でも火に油を注ぐようなことはしないことだ」と日本に警告している。同氏はさらに、靖国神社への首相参拝の長所と短所をよく検討すべきだと述べ、「戦争責任を負う指導者とは区別し、犠牲になった一般兵士のための追悼施設を新設してはどうか」と述べる。
日本は女性たちを強制連行したのであろう、いわゆるA級戦犯を合祀する靖国には参拝すべきでないだろうというのが両氏の考え方だと明確に示されたのが、この討論会だった。尖閣問題に「火に油を注ぐ」のは日本だという類いの位置付けは、中国寄りに過ぎる姿勢ではないか。米国の知日派といわれる人々の中にもこの種の対日批判に傾く人は少なくない。
クリントン氏にも実は同様の傾向がある。それでも彼女は中国を冷静に見つめ、その脅威の実態を見抜いた。中国の対日非難が歴史問題を軸に激化すると思われる今後だけに、米国政府の冷静な思考を象徴するクリントン長官の不在を懸念せざるを得ない。