「 官邸デモ、漠とした反体制の空気 」
『週刊新潮』 2012年8月16・23日号
日本ルネッサンス 第522回
永田町の首相官邸周辺で金曜日毎にデモが行われ始めて5ヵ月目に入った。当初数百人規模だった参加者は大飯原発の再稼働が決定された6月以降増え始め、6月29日には15万~18万人に上ったと主催者は発表、他方警視庁は1万7千人と発表した。
7月30日の「朝日新聞」社説はデモに関して、「1960年の安保闘争から半世紀。これほどの大群衆が、政治に『ノー』を突きつけたことはなかった」「『もの言わぬ国民』による異議申し立て」と書いた。その「異議申し立て」のために、高知県四万十市から来た自営業の女性(60)の「国民の安心のために(再稼働を)決断したという言葉が許せない。正直に金もうけのためといえばいいのに」という意見を「朝日」社説子は引用し、こう書いた。
「昨冬もこの夏も(電力には)余裕があるではないか。再稼働の本当の理由は、電力会社の経営を守るためではないのか」
大飯原発再稼働前、8月のピーク時の電力見通しは、関西電力管内で14.9%の不足とされていた。再稼働後はこれが0%になったが、同管内では2010年比で依然として10%の節電目標を掲げている。但し、企業の生産現場などで、節電が理由で生産レベルを落とさなければならない場合には、再稼働の結果、節電目標を5%に緩和してよいとされた(「朝日新聞」7月26日)。
大飯原発再稼働によって関西電力管内では一応右のような事態の好転は見られたが、日本全体の電力需給は依然として厳しいことが、北海道及び九州の事情から見えてくる。両地域では8月のピーク時の電力不足を1.9%、2.2%と見て、当初の7%及び10%の節電目標を緩めてはいないのだ(同)。
「正直に金もうけのためといえ」、「電力会社の経営を守るため」か、と強調するのは、電力需給の実態に目をつぶった議論ではないか。
「私はいらない」…
「朝日」は人々の抗議の声を60年安保に重ねるが、たしかに、現在進行中のデモと60年安保の性格には漠とした反体制という一種の共通点がある。争点となっている事柄について事実関係を十分論ずることなしに、その場に漂う空気、雰囲気によって動くという共通点である。
現在進行中のデモは60年代の全学連デモの失敗を繰り返さないために、特定の組織を前面に出さず、プラカードにも特定組織や労組の名前を書くことを控えさせている。一般の多くの人々の参加を誘うべく、運動を先鋭化させず暴力化させず、好印象を保つ努力をしているといわれる。
そのうえで、たとえば、坂本龍一氏が「たかが電気のためになんで命を危険にさらさないといけないのでしょうか」という類の反原発論を叫び、そこから、「私はエアコンなんていらない」と演説する人も出てきたりする。
電気もエアコンもなしにこの暑さに耐え、元気で働き、元気で暮らす体力のある人は幸福である。だが、高齢社会の日本には電気・エアコンを必要とするお年寄りもいる。小さな子供も病人もいる。「私はいらない」と叫ぶ人の個人的信念に日本国民全員が巻き込まれるとすれば、多くの人の命が危険に晒され、産業構造の根本的転換が迫られ、日本経済の興亡に関わる問題が生起する。
坂本氏らに尋ねたい。いま国際社会の原発の安全性がどれだけ高まり、そこに日本の技術がどれだけ貢献しているか、日本の各原発の津波対策がどれだけ進んだか、調べてみたかと。人類はいま自然再生エネルギーの技術開発で競いながら、原発の安全性を飛躍的に高めつつある。福島第一原発のはるか先を行く第3世代の原発、たとえば加圧水型軽水炉AP1000などが建設されつつある。
第3世代原子炉の特徴は静的安全システムと呼ばれる自力回復能力である。全電源喪失のような苛酷事故が発生した場合、外部注水がなくとも重力や自然循環で原子炉への注水が行われ崩壊熱を冷やすことによって炉心を守る仕組みだ。中国浙江省や山東省でAP1000の4基の建設が着手された。中国はまた、独自の第4世代技術を開発したと主張、山東省で建設予定である。福島原発事故で中断されていたこれらの計画は、今年6月以降、再開された。
従って問題は眼前の進んだ第3世代の技術を、世界で一番古い福島の原発と置きかえることがなぜ出来なかったかを問い、日本の誇る技術を未来にいかに活用するかを考えることであろう。
無知で無関心
官邸前のデモも現実だが、原発を冷静に前向きに考える多くの人々が存在するのも現実である。原発の安全性を高めることを強く求めつつ、大飯原発の再稼働を求める声も強い。5月19・20日の「朝日新聞」の世論調査では、たしかに、大飯原発再稼働に賛成が29%、反対が54%で反対が大幅に上回っていた。しかし、6月11日の「読売新聞」の世論調査では、賛成43%、反対47%で拮抗していた。ただ「読売」の調査では、再稼働なしには大幅な電力不足が見込まれていた近畿で、賛成が49%、反対43%と賛成が上回っていた。
原発反対で論陣を張る「毎日新聞」の7月28・29日の調査では賛否が逆転、再稼働は必要だとする意見が49%、必要ないが45%だった。
「朝日」が「今後も強まる」と見る「直接民主主義」としての60年安保の流れ。当時全学連主流派の幹部として、その真っ只中にいた西部邁氏は、『六〇年安保 センチメンタル・ジャーニー』(文藝春秋)でこう書いた。
「総じていえば、六〇年安保闘争は安保反対の闘争などではなかった。闘争参加者のほとんどが、指導者層の少からぬ部分をふくめて、新条約が国際政治および国際軍事に具体的にもたらすものについて無知であり、さらには無関心ですらあった」「安保闘争の規模を大きくしたのは、まず、『平和』という言葉がひとつのマジック・ワードつまり魔語であったという事情である。その言葉が発せられるや、戦争とか軍事について具体的かつ現実的に語ることはただちに禁忌になった」
「『平和』の魔語によって眼が曇らされ、世界の政治・軍事の現実を冷静に観察することができなくなったのである」
また、石原慎太郎氏は『わが人生の時の人々』(文藝春秋)で安保改定反対を唱えた人々の中に、条文を通して読んでいる者は「稀有だった」と書いている。
安保改定で国家としての自主性と米国からの自立を目指した優れた政治家、岸信介は、何に反対しているのかも知らず、また考えなかった大群衆によって退陣に追い込まれた。その「現実を冷静に観察」出来ない反体制の空気を、現在の官邸に集う人々に、私は見ざるを得ない。