「 原発事故後の対策の拙劣さが感情論を高めてしまっている 」
『週刊ダイヤモンド』 2012年8月11・18日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 948
2020年に原子力発電の割合をどの水準に定めるべきかについて国民の意見を聞く聴取会が8月1日、福島県で開かれた。意見を述べた30人のうち28人が、30年かそれ以前に、原発をゼロにするよう求めた。
「自分たちのような故郷を失って行き所のない人をもう、出さないでください」と訴えた男性をはじめ、どの人の意見も直接の被害者の言葉だけに、聞く人々の胸に染み込んでくる。福島の人々の声を十分に受け止めるべきなのは言うまでもない。それでも政府も国民も、福島の人々も、ここはもっと冷静にならなければいけないと思う。
なぜ、故郷再生ははかどらず、16万人もがいまだに故郷を離れたままなのか。これからの生活基盤をどうすべきかと真剣に悩んでいる人々のために、最も必要な情報が周知徹底されていないことが最大の原因だと、福島を訪れるたびに痛感する。
一番の問題の放射能について私は福島の人々と語り合ってきた。NPO法人のハッピーロードネットや日本青年会議所の問題提起に応じて集まってくれる数百人の人々との複数回の対話である。参加するのはほとんど全員が避難生活をしている人々だ。
放射能は目に見えないだけに、必要以上の恐怖心を抱きがちだ。しかし、放射能は恐れ過ぎるのではなく、正しく恐れなければならない。そのためには、科学的な知識が欠かせない。
放射能の人体への影響については、いまだ不明な点は多い。しかし、国際社会が認める最も信頼できる調査が広島、長崎の被爆者を対象に50年以上行われてきた疫学調査である。国連科学委員会も高く評価する右の調査は、約20万人の被爆者への綿密なものだ。
それが示すのは、100ミリシーベルト以下の低線量被ばくの健康への影響は認められないというものだ。ただし、これは影響がないと証明されたということではない。100ミリシーベルト以下では、放射能ががんを発生させたとは明言できないということだ。がんの原因としては、たばこ、塩分の取り過ぎ、野菜不足、太り過ぎ、痩せ過ぎ、ストレスなど、さまざまな要因が考えられる。100ミリシーベルト以下の放射能がそれらの要因に比べてより危険であるとはいえないということだ。
それでも国際放射線防護委員会は大事を取って、放射能を浴びるにしても、5年間で100ミリシーベルトを超えないようにという基準を作った。医師や技師、鉱山会社で働く人など、職業上放射能を浴びる可能性の高い人々についても、緊急時でも、1年に50ミリシーベルトを超えない基準にした。
また、すでに度々指摘されてきたことだが、日本人は平均で年間1.4ミリシーベルトの放射能を自然界から浴びている。レントゲンなどの医療によってこれまた平均で4ミリシーベルトを、食物からも0.5ミリシーベルトを取り入れている。平均値で約6ミリシーベルトを浴びて暮らす日本人は世界で最も長寿の国民になった。
こうした事例から考えると、民主党政権の、1ミリシーベルト以上の所はすべて除染するという政策自体が非合理的だ。放射線量の高い地域の除染は当然だが、一ミリシーベルトにまで除染対象を広げることは、放射能に対して科学的に取り組む姿勢よりも、何が何でも全面的に否定するという情に基づく姿勢にくみすることにならないか。仕分けの基準をできるだけ科学的に説明し、放射能に正しく向き合う知識の土台を、政府は繰り返し、国民に伝えることが求められる。
世論の反発に直面しても説明を続けることが大事なのだが、むしろ世論にひるんで必要な情報発信を政府がしないために、政策が非合理的になり、国民の感情論を高める要因になっているのではないか。
原発事故後の対策の拙劣さから生まれる不信が原発エネルギーの否定にそのままつながる中での議論に、私は限りない危うさを感じている。