「 中国のスパイ活動は巧みで包括的 急務の法整備と危機意識の覚醒 」
『週刊ダイヤモンド』 2012年6月9日
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 939
諜報活動をしていた疑いのある在日中国大使館の一等書記官(45歳)に警視庁公安部が出頭を要請したが、同氏はすでに出国していたことが報じられた。「朝日新聞」は5月30日の朝刊で一等書記官を「李春光」と特定した。
出頭要請の表向きの理由は外国人登録証の不正使用である。李書記官は身分を偽って2008年に葛飾区役所で外国人登録証を入手し、銀行口座を開設、中国の農業特区での事業投資などとして、日本企業から数千万円の出資金を集めたとされる。
5月29日のNHK「NEWS WEB 24」も、テレビ朝日の「報道ステーション」も、「日本の機密情報を不正に入手するなどの具体的な事実は確認できていない」と伝え、同事件があたかも、金銭事件にとどまるかのような印象を与えていた。確かに5月29日時点で表面化したのはこの程度の犯罪だ。かといって、背後に透視されるスパイ行為の可能性に目をつぶるかのような報道には違和感を抱いた。
李書記官の経歴は中国式諜報活動の特色をうかがわせる。彼が所属するといわれている人民解放軍総参謀部第二部の前身は戦時中の軍事情報部で、情報機関の中で予算が最も充実していると5月30日の「産経新聞」が報じた。
李書記官の初来日は1993年、NHKは彼が、「福島県の須賀川市日中友好協会で国際交流員を務めた」と報じたが、その事実はない。取材に、須賀川市の日中友好協会側は右の報道を全否定し、「私たちのところには国際交流員のポストなどありません。彼がここで働いていた事実もありません」と語った。唯一の関係は李書記官が福島大学大学院に入学する件で、当時の理事長が助言をしたことくらいだという。
一等書記官は福島大学大学院で地方行政学を学び、いったん帰国、99年に再来日、東京大学にも在籍した。福島大学も東大も国立大学で国民の税金で支えられている。李書記官の容疑は現段階では断定できないが、スパイと疑われる人物に、わが国が税金で教育を施していたのは確かだ。
現在、日本の国立大学の大学院は外国人留学生、とりわけ中国人留学生で溢れている。日本人学生はほぼ常に少数派で、中国人学生のための大学院かと思うほど、席巻されている。留学生受け入れは大事だが、中国がこうした日本側の寛容さを巧みに利用して諜報活動をしていることも、私たちは知っておくべきだ。
中国共産党の諜報活動は、他国のそれに比べて包括的である。学生のころから日本に送り込み、何年も日本に住まわせ、国籍まで取得させた上で中国のために働かせる。特定の情報や技術を狙うだけでなく、日本人社会に溶け込み、人脈を構築し必要な情報を吸い上げ、あるいは中国に有利な情報を浸透させて日本を操る。
今回は、農林水産省の機密文書中、最も機密性の高い「機密性3」に分類された情報を李書記官が入手していた可能性が高いと、「読売新聞」が報じた。資料を書記官に見せた可能性が疑われている筒井信隆農林水産副大臣の周辺には、李書記官は「スパイには見えなかった」との声がある。
スパイはスパイに見えないように訓練されているものだ。とりわけ中国がそうで、だからこそ摘発が難しい。日本が戦後摘発した中国の諜報活動はわずか6件、北朝鮮の約50件、ロシアの約20件と比べて非常に少ない。
しかし、日本の被害は、実は中国の諜報活動によるものが最も大きいともみられている。日本にはスパイ活動を取り締まる法律がない。使えるのは外国人登録法や出入国管理法で、いずれも微罪である。
早急な法整備が必要なのは言うまでもない。同時にこの事件を諜報事件と位置付けるのをためらうかのようなNHK的な、中国への甘い見方もまた、根本から見直されるべきだ。