「 中国サイバー攻撃に無防備な日本 」
『週刊新潮』 2011年11月3日号
日本ルネッサンス 第483回
日本の政治を担うはずの衆議院議員全員と彼らの公設秘書、衆議院事務局職員ら約2,660人のパスワードなどが入ったネットサーバーが中国からサイバー攻撃を受け、情報を盗まれていたと、10月25日の「朝日新聞」が一面トップで報じた。今年7月末以降、少なくとも約1ヵ月間、衆院議員のメールや資料が盗まれ続け、中国国内のサーバーに自動的に送付されていたが、衆院側はこの間、まったく気づいていなかったとも報じられた。
サイバー攻撃されていたのは我が国の政治の中枢に限らない。三菱重工、川崎重工、IHIなど日本を代表する錚々たる企業も同様だった。攻撃は複数のウイルスによるもので、防衛産業大手の三菱重工の場合、50種類以上のウイルスに侵入されていたとされる。被害企業は数ヵ月から1年近くも、ウイルスの侵入に気づかなかったという信じ難い事実も発覚した。
防衛装備品メーカーが名を連ねる日本航空宇宙工業会(SJAC)のコンピューターも情報を抜き取るタイプのウイルスに感染していた(「読売新聞」10月15日)。ここでも、SJACのコンピューターはかなり長期にわたってウイルス感染しており、その間、誰も気づかなかったことに驚かざるを得ない。
なんとコケにされたことか。警察庁のサイバーフォースセンターの調査によると、大量の不正アクセスが国内で検知され始めたのは09年11月以降である。攻撃者の身元を隠すための攻撃の中継点となるパソコンやサーバーを本人が知らない間に乗っ取り始めたのがこの頃なのだ(9月23日「産経新聞」)。
これら中継点を経て、我が国のトップ企業、業界団体、国会議員のコンピューターが攻撃され、情報を盗まれたわけだ。犯人は三菱重工への攻撃で中国の簡体字が痕跡に残されていたように、中国だと断じてほぼ間違いないだろう。
中国の国家機密保持法
「産経」は10月25日一面トップで、中国によるサイバー攻撃に米国政府が日本政府に警戒を強化するよう警告していたことを報じた。年来、中国の激しい攻撃を受けてきた米国は、国防関連部署や企業へのサイバー攻撃の急増傾向が続いていることに重大な懸念を抱き、同盟国への警告となったのだ。
昨年発表した中国に関する年次報告で、米国は中国軍がコンピューターウイルスを開発するための情報戦部隊を新設したことを指摘している。同部隊には民間人も含まれていることから、中国のサイバー攻撃は、軍民共同、即ち、国をあげて行われているといえる。
しかし、被害の実態を正確に把握するのは容易ではない。米国議会直属の超党派の諮問機関、米中経済・安保調査委員会でさえも、10年の報告書でその難しさを認めている。理由は、問題が大きく、広がりが深いことと、被害報告が常に過少申告されるからだ。企業は無論、国の機関は、実際に受けた被害や痛手を決して有りのままには発表しないと考えるべきだ。被害を受けたこと自体が弱さの曝露になりかねないからだ。
それでも、国防総省は中国によるサイバー攻撃の件数は発表してきた。00年の1,415件から09年には7万1,661件に増えているが、注目すべき点は、翌10年の攻撃が単純推計で約6万件と顕著に減っていることだ。国防総省はこれを、新たに創設した「米軍サイバー部隊」の効果だと説明した。
米中経済・安保調査委員会は、不正侵入が「人民解放軍、または中国政府の他の構成分子によるものか、もしくはその承認を得て実行されたのかは不明。しかし、サイバー攻撃のための能力開発は権威ある人民解放軍の軍事文書と整合する」とし、「中国政府、中国共産党、個々の中国人、そして各組織は米国及び諸外国の各種組織や政府へのハッキングを続行する」と結論づけた。
一連のサイバー攻撃は中国政府、共産党、人民解放軍をはじめ、膨大な数の中国の民間人が、外国政府や外国の社会、企業に対して敵対的な意識と攻撃的姿勢でこぞって実行している国家的活動なのだ。
中国政府が外の世界を敵視し攻撃的姿勢を貫くのは、中国の国家機密保持法に反映されている。昨年4月29日、第11期全国人民代表大会常務委員会第14回会議は、改正国家機密保持法を採決して閉会したが、それは、中国が他国に対して行っていることを、絶対に自国にさせないための仕組みだといってよいだろう。法を犯し、嘘を日常茶飯とする彼らは、違法行為にも嘘にも騙されないだけの強固な国内法を作ってみせたのだ。呉邦国全人代常務委員長はこれを受けて、秘密保持の法的責任を強化する旨、語っている。
米国の知性と決意
中国の国家機密保持法は中華人民共和国建国直後の1951年に始まる。当時の法はいわば根拠のあるなしに拘らず、すべてを取り締まることの出来る曖昧な表現で書かれていた。毛沢東らが政敵を倒す際に好き勝手に使える表現だったわけだ。
1回目の改正は88年だった。鄧小平が改革開放政策を謳い、中国共産党は外国資本と企業を呼び込むために、定義もはっきりしない暗黒の国家機密保持法を改正する必要性を感じたのだ。結果、国家機密の定義が少し明確になった。以前よりはましな法律にはなったが、当局の恣意的解釈の余地は十分に残されていた。
その次が先述の去年の改正である。10年4月末の機密保持法の特色を米中経済・安保調査委員会が次のようにまとめた。①情報関連企業は国家機密漏洩に際して当局の調査に全面的に協力しなければならない(外国企業や外国人は中国政府に、全情報を渡さなければならないということだ)。②国家機密の指定、及び解除の手続きは権力者の恣意によって行われ、中国共産党も中国政府も法律を守らない。従って、法律の改正は如何なる意味でも無意味である。
ここまで分析し、黒白も明らかに主張する報告書を出す米国の知性と決意を、私は大いに評価したい。
さて、この国家機密保持法の成立に際して、中国情報セキュリティ評価センターの呉世忠主任は当時、こう強調している。秘密にかかわるコンピューターや記憶装置のインターネット及びその他公共情報ネットワークへの接続を禁止する。
他国の情報は法を破って盗み続ける中国であるがゆえに、インターネットに接続すれば大事な情報はすべて盗られる危険性を知っているのだ。
この中国こそ、日本にとっても、米国にとっても、当面の脅威である。環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)に関して米国が日本を丸裸にするという類の議論があるが、その前にまず中国に丸裸にされてむしりとられないように、米国と力を合わせるのが合理的な道ではないだろうか。