「 日本独自の復興をこうして支えよ 」
『週刊新潮』 2011年5月5・12日合併号
日本ルネッサンス 第459回
日本の復興をどのような視点と手法で成し遂げるのがよいのか。菅直人首相は復旧ではなく、新たな社会の創造を目指すとして4月11日、復興構想会議を設置した。
議長の五百旗頭(いおきべ)真氏は4月14日の初会合で、首相の意思に従って会議では原発問題に触れないと述べ、批判を浴びたが、エネルギー政策における原発の位置づけを明確にすることなしには、復興計画は語り得ない。
氏はまた、自身の復興案も語っている。農漁業従事者は海岸から離れた高台に住み、平地の水田や港に車で通う。作業中に津波が襲えば適切な位置に建設予定の堅牢な建物の上層階に避難する。住居となる高台は地震と津波で生じた瓦礫を利用して整地するなどである。
一連の事業の財源は基本的に復興税に求める姿勢も明らかにした。原発問題は取り上げないとしたのと同様、この点も首相持論の増税を表明したと見られており、岡田克也幹事長が取りまとめる、民主党の復興計画も増税とセットである。
復興構想はこれらの要点を軸にして、これから本格的な議論に入る。そこで幾つか助言したい。まず、復興の視点には日本の大きな未来図がなければならない。
歴史的に見て日本は、どの時代にあっても、掛け値なしの世界一の水準を保ってきた。遠く平安朝時代にはシェークスピアに先んずること6世紀、紫式部の源氏物語をはじめとする世界第一級の文学を生み出した。信長の時代には世界最大規模の国際貿易国となった。秀吉の時代には30万の軍勢が海を渡る世界第一級の軍事大国となった。鎖国した徳川時代は、260年間戦いのない、世界でも稀な平和国家を築いた。国内産業を盛んにし、庶民に至るまで豊かな経済生活を実現した。幕末の開国で、日本が世界最高水準の教育を実践する倫理観の高い文明大国であることが国際社会に知れわたった。
少子高齢化と精神的萎縮
工業化に出遅れたにも拘わらず、明治維新以降、目覚ましい速度と質で近代化を成し遂げ、アジアで、欧米列強の植民地支配を免れた数少ない国のひとつだった。勝利は極めて困難と見られた日清、日露戦争に勝った。とりわけ日露戦争はインドをはじめ多くのアジア諸国に独立の気概を植えつけた。第二次世界大戦で敗れたが、立ち上がり、世界最高水準の経済大国となって他国への援助を実現してきたのが日本だ。
それがいま、経済の低迷と財政赤字、少子高齢化と精神的萎縮に陥っている。だが、どんな時代にも困難を乗り越えてきたのが日本人であることを自覚すれば、今回も必ず、克服出来る。日本の強味は優れた課題克服能力であり、その特色はまっ当な倫理観と穏やかな文明であると肝に銘ずることを、復興の基本的視点としたい。そのうえで日本の抱える問題を見てみる。
東日本大震災以前から日本立て直しの必要性は繰り返し指摘されてきた。理由の第一は少子高齢化である。少子高齢化が日本の現実である限り、これを負の要素としてとらえ続けるのは生産的ではない。国民の生活水準が上がるにつれて、多くの先進国で、同様の傾向が生じている。だからこそ、まず、少子高齢化を逆手にとって世界一活力のある超高齢社会の運営モデル国になることが必要と強調するのが松田学氏である。
氏は「たちあがれ日本」の神奈川県第一支部長を務める。
震災はわが国の従来の課題に新しい課題を加えたが、日本の基本的問題点が変化したわけではない。世界一活力のある超高齢社会を作るには、高齢者の力を国家や社会の力としなければならない。これを復興と財政からみるとどうなるか。
復興のためとはいえ、いまの日本が増税することは経済活力を殺ぐという意味で逆効果だと、私は考えている。松田氏は一時的な増税も否定しないが、その前にまず高齢者の保有する膨大な金融資産の活用を考えるべきだと強調する。日本の個人金融資産は09年度末で1,453兆円、負債が370兆円、純金融資産は1,083兆円でGDPの2倍以上である。内、65歳以上の高齢者が862兆円で、約80%を保有する。
一方、1億円以上の金融資産を有する日本の富裕層は150万人で彼らの保有する資産は400兆円だという。日本の約1,400兆円の個人金融資産のうち約1,000兆円が、そこまでの金持ちではない中位クラスの人々によって分散保有されていることを、統計は示している。
また日本国は09年末で約270兆円と、世界1位の対外純資産を持つ。松田氏はこの高額の対外純資産は日本が自らの資産ストックを国内で有効活用することに失敗してきたことの裏返しだと分析する。
日本本来の国家を
個人と国がもつ休眠状態の資金をどのように、活用して活き活きとした社会を作り上げるか、おカネを回すことによって復興も進め、お年寄りも若い世代も皆、幸福にしていくかを、いまこそ考えるときだ。日本国と日本人の金融資産を上手に回すことによって、社会と国を甦らせることが大事なのだ。松田氏が語る。
「たとえば、復興のための特別国債を発行するのです。従来の赤字国債とは別にするために震災対応特別勘定を設けて震災対応だけに活用する。文字どおりの助け合い公債です」
助け合い公債は無利子で発行する。これは無利子であるから国の財政負担は増えない。だが、公債を買う人には利子のメリットはない。そこで相続税を非課税にするなどの優遇措置を講じて、埋め合わせる。こうすれば何が起きるか。
助け合い公債は復興事業の財源になるのであるから、公債を買う人は何よりも復興を大いに助けることになり、現在高まっている、他者のために何かをしたい、助けたいという切望に応えることになる。加えて、これまで殆ど眠っていただけのおカネに、何かを生み出すというおカネ本来の役割を果たさせることが出来る。国全体の経済の活性化が図られ、雇用が増える。若い世代の収入も増え、子育てを経済的に支援することにもなる。さらに、相続税まで免除されるのだ。
こうした状況が生まれれば、1,000兆円を超す個人金融資産の、たとえば1%が助け合い公債になれば10兆円、2%で20兆円もの財源が生まれる。無利子公債には強い反対もある。だが、このようにして幅広い国民が有する資産を復興に役立たせれば、日本はどんなに元気になることか。ひとつの案として考える価値はある。知恵を出し合って力強く復興を進め、どの国にも負けない元気な超高齢国家、公の心と他者への思いやりに満ちた日本本来の国家を実現していくのが私たちの役割だ。それは日本独自の新たな文明国家として世界のモデルになるだろう。