特集 「 東シナ海『ガス田』に紅い火が灯る 」
『週刊新潮』 2010年10月28日号
日本ルネッサンス 拡大版 第433回
「中国」が掘削を強行!
指を咥えて看過した「菅内閣」
東シナ海「ガス田」に紅い火が灯る
尖閣諸島周辺の領海侵犯事件で、日本外交は情けないほどの敗北を重ねている。船長釈放に続いて、眼前に迫る大敗北は東シナ海のガス田を奪われることだ。
9月25日、ガス田「白樺」(中国名・春暁)周辺は一群の船で囲まれた。国家海洋局所属の「海監」9隻が隊列を組んで白樺周辺を航行し続けたのである。
1隻が先頭に立ち、その後方、4時と8時方向に1,000ヤード(914メートル)の距離を保って2隻が続く。同じ間隔で2隻の後方に各々3隻が従い、編隊を組んだ。2,000トン級の船9隻がこうして1週間余り、白樺を中心に大きく円を描くように、航行を続けたのだ。
海監はこれまで、東シナ海のわが国の排他的経済水域(EEZ)内で国連海洋法条約に違反して海底調査などを行ってきた船だ。9月11日に、日本の EEZ内で当然の権利として海上保安庁が調査をしていたところ、「ここは中国の管轄水域だ。国際条約と中国の法令に従い、調査を中止せよ」と警告、2日半も海保の船を追尾したのも海監だった。
その海監9隻が集合したのも初めてなら、編隊航行したのも初めてだった。この異常事態は中国が遂に白樺の単独開発に踏み切ったためだと思われる。 東シナ海のガス田は両国の合意に従って共同開発する、細目を協議で定め、それまでは単独開発をしないという2008年の政府間合意に、中国は明白に違反した。それに対して日本は当然抗議すると予測し、牽制のためにとった示威行動が海監9隻の航行だったと見てよいだろう。
中国が白樺ガス田を掘削し始めたことは海上自衛隊の哨戒機P3Cの情報収集で明らかだ。9月18日の「朝日」も「読売」も白樺のプラットフォームの真下から広範囲に広がる海面の濁りの写真を掲載した。
海水の濁りは海底ガス田の掘削開始を意味する。報道はされなかったが、2回目に起きた海面の濁りは9月29日に確認された。
1回目の掘削が報道され、2回目の掘削に入るとき、中国は、今回こそ日本は抗議行動に出ると考えたに違いない。最初は不意打ちを喰らったけれど、すでに日本政府もメディアも国民も、中国の掘削開始を知ってしまった。であれば、日本は当然、海保をはじめ、各種の艦船を動員して抗議活動に打って出ると予想したことだろう。
だからこそ、中国政府は2回目の掘削を前にした9月25日、前述のように3艦隊の海監を掻き集めて、警戒態勢に入ったのである。船団は1週間余り 現場海域にとどまり、示威活動を続けた。白樺周辺の海監の100マイル(161キロ)北方地点にはいつものように中国海軍のフリゲート艦が展開し、白樺から300キロ離れた尖閣諸島周辺には中国農業省漁政局の漁業監視船「漁政」が2隻、張りついていた。
だが、予想に反して日本政府は全く動かなかった。1回目の掘削から2回目まで、菅直人首相や仙谷由人官房長官は何をしていたのか。9月17日は菅 改造内閣の組閣の日だ。小沢か反小沢か、党内の権力闘争で首相の頭の中は一杯で、菅政権は政治空白の真っ只中にあった。
白樺掘削開始の情報に首相が一体どれだけの注意を払ったか、疑問である。中国人船長の逮捕から事態が進まないことに苛立った首相は、国連総会出席への22日の出発を前にして、わけもなく官僚を怒鳴りつけていた。
仙谷官房長官は主権を守るべくスジを通す努力より、外交ルートとは別に中国とのパイプを通して日中関係を話し合うとして、細野豪志氏を北京に送ろ うとするなど中国側とのパイプ作りに懸命だった。仙谷氏は尖閣問題に隠れる形で中国がガス田開発に手をつけたこと、海監9隻が25日から集合した ことなど、全て承知していた。その先に新たな掘削が待ち受けていることも予測出来たであろう。にも拘らず、首相も仙谷氏も何の手も打たなかったのだ。
信じ難い無為無策
政府関係者が語る。
「中国が9隻もの海監を白樺周辺に集めて編隊で航行させたのは、日本側が如何なる形でやってくるか、相当緊張して待ち構えていたことを示していま す。日本はこれまで、然るべき措置をとると言明してきました。だから断固たる行動で意思表示すると彼らは考えていた。でも、いつまで経っても日本からは誰も来ない。船影も見えない。さぞかし、拍子抜けしたでしょう」
10月4日のブリュッセルでの菅・温家宝両首脳の立ち話的会談のあと、海監は去った。日本はもはや中国に対抗する気はないと見て安心して引き揚げ たのだ。
日本の資源が奪われ、国益が損なわれる場面で信じ難い無為無策を貫く菅、仙谷両氏については語るべき如何なる言葉もない。両氏には国の指導者としての資格がない。
9月17日と29日の2回、12日の期間を置いて海が濁ったのはなぜなのか、この先、何が起きるのか。結論は、11月にも中国が天然ガスを取り始 める可能性が高いことだ。プラットフォームの塔からそのことを示す炎が上がるということだ。
資源エネルギー庁石油・天然ガス課長の平井裕秀氏が語った。
「海域や海底の状況によって事情は異なりますが、海底資源の掘削は通常、ドリルで一定の深さまで掘り進み、次にドリルを抜いて掘った穴の周りをセメントで固めつつ、進めます。固めるとき、余分のセメントや泥を海中に捨てるため、濁るのです。濁りは一日もすれば海流で消されます。ドリルで掘って固める。これを繰り返して、ガス田にパイプを通すのです」
白樺周辺の2,000メートルから3,000メートルの海底には大量の天然ガスが埋蔵されていると見られる。ガス田到達までにどれほどの日数が必要なのか。平井課長は、中国側が本当に掘っていれば、2ヵ月程で可能だと見る。掘削開始は9月17日だ。11月中旬にはガスが噴き出るところに行き着く可能性がある。
中東で20年以上石油や天然ガスの開発に携わってきた専門家が語る。
「天然ガスが噴き出てくると、まず硫黄を、次に二酸化炭素やその他の雑多な成分を除きます。すると、白味を帯びた濃霧状のガスが残ります。われわれはこれをホワイトダイヤモンドという美しい名前で呼びますが、実際には卵の腐ったような凄まじい臭いがして、吸い込むと死亡することもありま す。これを地上で摂氏マイナス162度に冷やすと液化し、体積が600分の1になります。それがCO2を全く出さないクリーンエネルギーとしての 液化天然ガスです」
「攻守逆転の罠」
東シナ海の天然ガスは純度が高く良質だと推測されている。白樺のガス田は中間線から日本側に広く広がっており、あとひと月も経たない内に、わが国の資源が奪われ始めかねない。
だからこそ、歴代の日本政府は、中国が掘削すれば然るべき対抗措置を取ると繰り返してきた。9月17日に外相に就任した前原誠司氏も、当日夜の会 見で「何らかの掘削の証拠が確認された場合、然るべき措置を取る」と強調した。にも拘らず、菅政権は何の手も打たない。
杏林大学名誉教授の田久保忠衛氏は菅政権の対応は徹頭徹尾、間違いだと厳しく指摘する。
「丹羽宇一郎大使が5回、呼び出されましたが、そもそも事件は中国側が引き起こしたのです。領海侵犯したのは中国で、本来、日本が中国大使を5回呼びつけて抗議すべき場面です。
日本が船長を逮捕すると、中国は9月中旬に予定していたガス田の日中共同開発を巡る第2回会議も延期しました。それまで日本は交渉再開を中国に要求していたのが、途端に、『なんとか会議を開いて下さい』とお願いし始めた。攻守逆転の罠に落ち込んでいます」
罠に落ちた日本では、政府も大手メディアも揃って、中国政府の厳しい対日言動は反日世論を宥めるためだと解説した。だが、それは違うだろう。
中国の国民は、領海侵犯事件は海保が中国漁船を取り囲んで体当たりするなど、手荒な行動に出たのが発端だと信じている。事実と正反対の情報を一番先に流したのは政府の通信社、新華社だった。それを、政府系メディアで影響力強大な『環球時報』が報じた。そこから先、前述の誤った世論が形成されていった。
田久保氏が憤る。
「中国政府に反日世論をおさえる気が少しでもあるなら、彼らが歪曲した事件発生に関わるこの情報をまず訂正するでしょう。しかし、それもない。日本を不当に悪者に仕立て上げたのは中国政府が反日世論に困っているからだとの見方をとるよう、これまでにも幾度となく中国政府は日本側に仕向けてきたのです」
中国では10月16日以降、またもや反日デモが発生した。四川省の成都や綿陽、陝西省の西安、河南省の鄭州など、広がり、暴徒化した中国人が日系企業や商店の破壊に乗り出した。
すると中国外務省の馬朝旭報道局長は16日深夜、次のような談話を発表した。
「一部の群衆が、(中国漁船衝突事件をめぐる)日本側の一連の誤った言行に義憤を示すことは理解出来る」
日本側の「誤った言行」とは一体何を指すのか。領海侵犯事件を捏造して伝えたのは中国政府である。尖閣は日本固有の領土との主張は歴史的に見て正しいのであり、中国の主張こそ、「誤った言行」である。白を黒と言いくるめ力で押し通すのは、中国が国際社会のルールを力で踏みにじる国だと自ら証明することだ。
19世紀型帝国主義を実践する中国政府がデモの学生たちに「(反日運動を展開するなら)法に基づいて理性的に行え」と指示するのは、厚顔この上ない。
中国政府の強面対日外交は中国が内外で直面する尋常ならざる危機を反映している。ノーベル平和賞を受賞した劉暁波氏夫妻への弾圧は中国政府の異形の姿を強く印象づけた。
中国政府は駐中国のノルウェー大使を呼びつけて抗議し、ノルウェーの漁業・沿岸問題相との閣僚級会合も取り消した。ノルウェーの幹部官僚17人の訪中も、ミュージカルも中止された。中国代表団もノルウェー訪問を取り消した。
いずれの措置も私たちは、「ああ、またか」という感覚でとらえる。中国の行状は目をつぶっていても見えてくる。報復措置で経済的・政治的利益だけでなく国際的評価も失っているのだが、それでも中国はノルウェーへの圧力を緩めない。自由や人権を弾圧しなければ、中国共産党の一党支配は維持出来ないからだ。
10月14日には劉氏受賞を支持する100人以上の中国の知識人らが弾圧にもめげず、劉氏釈放を求める声明を発表した。深く考える知性的な人々の間に自由や民主主義と共感する価値観が確実に広がるとともに、一般大衆の間には政府への不満が広がりつつある。
野蛮な中華帝国主義
チリの鉱山事故で地下700メートルで69日間を過ごした33人は、遂に救出された。中国河南省の炭鉱では9月16日、ガス爆発で30人が死亡、 閉じ込められた7人の救出の目途は立っていない。中国では昨年1年間で1,616件の炭鉱事故が発生し、2,631人が死亡した。国民の命を軽視する政府であるのを誰よりもよく知っているのが国民である。
中国共産党の政治の失敗や不満は常に糊塗しなければならない。中国共産党の抱える問題が深刻であればあるほど、外なる敵が必要である。日本はその格好のターゲットなのだ。
折りしも中国では中国共産党中央委員会第5回全体会議が開催されていた。学生らの反日デモを胡錦涛、温家宝体制への揺さぶりだと見る人々もいる。
だが、反日運動の発生を「中国共産党内の権力争い」に安易に結びつけるのは危険であろう。仮に勢力争いが存在しても、尖閣も東シナ海も中国領だと主張し、その実現を目指す点では、胡錦涛派も江沢民派もなんの違いもないのである。
対中宥和策はかつて、英国の対ドイツ宥和策がヒトラーのポーランド侵攻を許し、第二次世界大戦を引き起こしたように、中国の侵略とさらなる問題の発生をも許すことになる。
東シナ海で中国の横暴を許すことは、西太平洋とインド洋を支配するという中国の壮大な野望を許すことだ。ヒトラーの野望の前に膝を屈し、世界の悲劇を招いた宥和策と同じ間違いを、かつて国際情勢を読み違えた日本であればこそ、再び犯してはならない。
このままでは、東シナ海のガス田は確実に奪われる。日本は、日本のためにもアジアのためにも、勇気を失ってはならない。主権国家として国益を守り通すことで前時代の遺物である中華帝国主義を阻まなければならない。それはガス田問題に正面から対処し、日本の海としての東シナ海を守り通すこと から始まる。打つべき手は、すでに官邸に上げられている。あとは菅・仙谷両氏の決断だけだ。
東シナ海ガス田開発と尖閣諸島と中国の苦悩…
写真は2010年10月31日朝日新聞東京版朝刊1面の記事から引用させて頂いた。
これだけ見ると、菅総理はまるで、あの人民革命軍などという国民主権のような名称の軍隊を持…
トラックバック by sean's photo diary — 2010年10月31日 11:02