「 北朝鮮44年ぶりの代表者会 新体制は従来以上に親中的か 」
『週刊ダイヤモンド』 2010年10月2日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 856
北朝鮮の朝鮮中央通信は9月21日、朝鮮労働党代表者会(代表者会)を28日に開催するとの党代表者会準備委員会の通知を伝えた。代表者会が最後に開催されたのは、金日成主席時代の1966年、じつに44年ぶりである。
韓国のメディアのみならず、日本のメディアも、この代表者会で金正日総書記の後継者として、三男の正銀(ジョンウン)氏が浮上するとの見方を報じている。だが、それに異議を唱えるのが、韓国で最も信頼されている言論人といわれる趙甲済氏である。氏は、シンクタンク「国家基本問題研究所」の招きで来日し、次のように語った。
「米国元大統領のカーター氏が今年9月初めに北京で温家宝首相に会ったとき、温首相から聞いたという興味深い話をウェブに載せていました。『金正銀が自分の後継者だというのは、西欧メディアがつくったうわさにすぎない』と金正日が語ったというのです。じつは私も、『正銀後継者』説に三つの理由で疑問を持っています」
このような考え方をするのは、北朝鮮問題専門家の中でも、きわめて少数派だと、断って、趙氏は説明した。
第一は金正日が金日成の後継者になったのは息子であるためだけではなく、正日自身が実力と実績を示したためであり、正銀は正日のような実力も実績も証明できていないことだという。「朝鮮労働党が党の原則を守るとしたら、息子という要因だけでは指導者にはなり得ません。正日は実績づくりに十数年かかりました。しかし正銀にはその時間がありません」と趙氏。
第二の要因は、正銀が在日出身の高英姫(ヨンヒ)の息子であることだと、趙氏は語った。この点の詳しい説明はなかったが、北朝鮮では在日朝鮮人は差別の対象となっている。その在日女性の息子を、朝鮮労働党が指導者として受け入れるのは難しいということだろう。
第三に世界のどのメディアも、正銀に会ったことがなく、写真も肖像画も入手していないこと、公式の肩書も、はなはだしくは正銀がはたして労働党員であるか否かも確認できていない点だと述べる。
では、今回の代表者会は何のために開くのか。趙氏は語る。
「新しい政治局を構成するためでしょう。政治局員も労働党中枢の人材も多くが粛清され、死亡し、国家の決定機関が物理的に存在しないのが北朝鮮の現状です。金正日は今、週の2日か3日しか仕事が出来ないとの情報があります。軍の監督、人事、経済、国政の細部にわたる膨大な案件を一人で決定し、承認し、決裁しているのです。
このような状況を脱却して、国家組織を再建しなければならない。そのための人事をするのが、今回の政治局員の選考だと考えます」
空洞化した政府の再建が代表者会の課題であれば、政治局員の選考自体が権力継承過程そのものだということだ。
「スターリン後のソ連のように、政治局が権力を引き継いで、権力内部の葛藤を経ながら、新しい第一人者を選ぶことになると考えます。その場合、朝鮮は儒教的伝統が強いですから、過渡期に集団指導体制が出来たとしても、必ず一人の独裁者をいただく体制へと変化していくと思います」
金正日政権の終末が近づき、統制が緩み、北朝鮮には統制を超えた闇市場勢力が誕生した。いまや、北朝鮮経済を動かすに至ったこの市場経済で生きる人びとは、全国民の八割に達する。それはまた中国商人が持ち込む物資や資金を扱ってきた勢力だ。正日後の新権力体制は、この八割の国民の意向を無視出来ない。つまり、新権力体制はおのずと中国の影響をより強く受けると予測される。北朝鮮に親中的な勢力が誕生する可能性は大きいのだ。
韓国はそれにどう対処するのか。米国と日本はどんな手を打てるのか。民主党政権の朝鮮半島政策に、あらためて深刻な危惧を覚えさせる話だった。