「 台湾窮地・中国の横暴を警戒せよ 」
『週刊新潮』 2010年8月12・19日合併号
日本ルネッサンス 第423回
今から28年前、中国人民解放軍の海軍提督、劉華清が大戦略を立案した。そこには幾段階かの具体的目標が掲げられており、第4段階の目標は2040年までに西太平洋とインド洋から米海軍を排除し、同海域に中国の覇権を確立するというものだ。
米国を排除して創り出すのは大中華圏だ。が、その幕明けは台湾併合なしには始まらない。台湾の置かれている地理的条件は、中国がそれを制した場合、南シナ海、東シナ海は無論のこと、彼らの長期戦略目標である西太平洋及びインド洋における覇権を手にする第一歩となる。日米及びアジア諸国の視点に立てば、中国に排除され、従属さえ強いられかねない時代への第一歩が、中国の台湾併合だといえる。
戦略的に重要な位置を占める台湾の現状は極めて脆弱だ。輸出の40%は中国向けで、企業の70%が中国に投資をしている。多少の変動はあるが中国大陸で働く台湾人は150万人規模に上る。経済的に中国に深く組み込まれているのだ。
中国は軍事的併合よりも、より現実的な篭絡の道として経済や人間の交流の深化の道を選び、それが成功しているのだ。
6月29日に結ばれた中台経済協力枠組み協定(ECFA)はその一例だ。協定は中台貿易において中国が539品目の関税を撤廃し、台湾は267品目を撤廃するという内容で、一見、台湾有利である。
しかし、これこそ中国の深謀遠慮、台湾吸引の甘いエサである。そもそも、両国が通常の国同士が結ぶ自由貿易協定(FTA)ではなく、ECFAに落ち着いたのは、中国が台湾を国と認めず、中国の一地方政府と位置づけた結果である。台湾との協定は、国内協定の扱いなのだ。
中国にとって関税面では大幅譲歩だが、それだけに台湾は貿易に励み、経済の一体化はさらに進むだろう。たとえ、将来、野党で台湾の独立を支持する政党である民進党が政権を奪還したとしても、経済的な一体化が進めば、後戻りは不可能だ。
台湾の危機は日本の危機
中国は79年以来、台湾に「三通」(通商、通航、通信の直接交流)を呼びかけてきた。いまや、中台間に三通を妨げる壁はほぼなくなり、人民元と台湾ドルの交換も解禁された。
加えて中国の人民元は、そのマネー総量が米国を100兆円も上回り、世界一の規模になった。人民元の国際通貨化への流れが加速する中で、台湾経済はいよいよ中国経済に組み込まれていく。
経済の次は文化である。驚くことに、中台両国で中国語辞典の共同編纂も始まることになった。今年7月10日に明らかになった同決定は、文化、教育、メディア交流を制度化することで、中台相互の意識格差を縮小、解消し、中台一体化をさらに進めようという試みの第一段階と位置づけられている。この先には、当然、最終段階としての、統一に向けた政治交渉が待ち受けている。
このような中台関係の緊密化にも拘わらず、中国は押さえるべきところは厳然と押さえている。最終局面で台湾に否と言わせないだけの軍事的包囲網を完成させつつあるのだ。冒頭で触れた西太平洋とインド洋から米海軍を排除するという戦略目標に加えて、台湾に照準を合わせたミサイルは、台湾国防部の報告では今年末には2,000基に達する。中国は、台湾が独立を唱える場合、軍事力を行使すると長年言い続けて今日に至るが、その準備はいつでも整っているということを、ミサイルのみならず、大型軍艦51隻、潜水艦43隻などの年内配備によって誇示しているのだ。
軍事力の行使を中国がためらうとすれば、米国の反発、反撃の可能性ゆえであろう。そこで台湾問題で米国に中国を抑止する意思と力はあるかを問わなければならない。この点について米国の保守系シンクタンク、ランド研究所は、「2020年までに、米国は中国の攻撃の前で台湾を防衛しきれなくなる」と分析した。
同研究所は、米国が台湾防衛の意思をもって第5艦隊と第7艦隊を投入し、第五世代戦闘機であるF-22を飛ばすとしても、また、沖縄の嘉手納空軍基地を使用できるとしても、中国軍は米軍を打ち負かすだろうと分析したのである。
まさに日本にとって他人事ではない。これこそ、日本の問題でもある。米国とても、一国の力では台湾は守り得ない。ならば、台湾を守るべき立場の国々が力を合わせることで、自国の国益をも守る体制を作っていかなければならない。
再度強調すべきは、台湾の危機は日本の危機だという点だ。アジア、太平洋の地政学を考えるとき、台湾は紛れもなく、日本の命運を決する国のひとつである。地政学や安全保障上の重要性に加えて、日本人には歴史的に台湾への強い思い入れがある。民族としての記憶や思い入れは、国の展望を決するに当たってのひとつの無視し得ない判断材料である。
政治的に台湾の側に立つ
それにしても、台湾を領有していた日本の敗戦後も、なぜ、台湾は中国に奪われずに済んだのか。台湾海峡はなぜ、中国の内海にならずに済んだのか。中国共産党との戦いに敗れながらも国民党は如何にして台湾を守り得たのか。
こうした一連の問いへの答えとして一人の日本人の存在が浮かび上がる。歴史に埋もれ、語られることもなかったその人物、旧帝国陸軍の根本博中将の足跡を辿ったのが、『この命、義に捧ぐ 台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡』(門田隆将 集英社)である。
門田氏は、蒋介石総統への強い思い入れに突き動かされ、命を賭して国民党軍を助けた根本中将の物語を発掘し、幾筋もの糸によって結ばれた日本と台湾の姿を描き出した。国民党政府が日本を貶めるためにどれほどの謀略を図ったかがかなり明らかになっている現在、根本中将の余りにも一本気な蒋介石観を批判するのは容易い。しかし、当時の日本の多くの軍人も政治家も、同じような想いを抱いていた。大事なことは、その純な想いと誠実さが一人の日本の軍人を奮い立たせ、金門島以東の現在の台湾を守り切ることが出来たということだ。
結果、戦後の日本は台湾海峡を自由に航行し、日本全体がその恩恵に浴した。一軍人の命を賭けた無私の行為が、日本の繁栄を支えるひとつの要素となったのだ。
さて、「この命、……」を読みながら考えるのは、いま再び、日本は台湾に最大限、手を貸さなければならないということだ。まず、台湾が台湾でなくなるところまで中国に吸引され尽す前に、日本は台湾とのFTAを結ぶことだ。次に、常に政治的に台湾の側に立つことだ。さらに、台湾を支える安全保障上の最大限の協力を試みることである。
アンケートを始めました。…
アンケートを始めました。
『尖閣諸島に自衛隊を派遣すべき?』
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トラックバック by 経済的自由人を目指す会 — 2010年09月17日 07:23
何やら尖閣諸島が中国に盗まれそうです。…
何やら尖閣諸島がキナ臭くなっていますね。
中国のトロール漁船の船長を公務執行妨害容疑で逮捕した事がきっかけらしいですが。
そもそも、なんで公務執行妨害なの?
領海侵犯でなぜ乗組員全員を逮捕しないのか・・
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トラックバック by 経済的自由人を目指す会 — 2010年09月18日 23:52